ラヴィアン王国物語
 どれもこれも、海の国では見た覚えがない。文化がこんなにも違う事実に驚きを隠せな
い。と、ようやくうたた寝のラティーク王子が瞼を上げた。
(あ、眼が金色に緑がかってる)アイラはまじまじとラティークを凝視した。男にしてお
くには勿体ないくらいの綺麗な顔。反らせた首には汗がじんわり滲んでいた。

「気分が至極悪い。揺らすなと伝えてくれ。アリザム」
「それは結構。では大人しく執務室へ連行しますラティーク王子」

(……本当、ヘンな王子とお付きの変な会話)

 ラティークは金銀を巻き付けた頭布を指でぐいと上げると、今度はアイラをじろじろと
眺め始めた。何かを見つけようとする虎の獰猛な瞳に似ている。怯えたアイラに気付き、
ラティークは目付きを柔らかくした。
 車輪の音が変わった。馬車は左右に揺れながら、地面に少しめり込み始めた。

「砂漠地帯への港が近づいたんだよ。外、見てごらん、奴隷」

 ラティークは心底嫌そうに、馬車の外を示した。盗賊崩れの男たち、商人のおじさんた
ち、元気一杯な男の子たち、仕事帰りらしい荷物を提げた男たち。
 やがて馬車は進み、眼の前に広大な砂漠と、樹海が見え始めた。砂漠なのに船が走って
いる。砂船など、聞いた覚えもない。
 驚くアイラにラティークは誇らしげな声音になった。

「ラマージャのイーシュカ港。国の貿易を一手に引き受けている巨大港だ」


☆★☆

(どういう仕組みなんだろ。砂の上を、帆船がちゃんと走ってる)

 砂船の甲板に立つラティークを見やるが、答えなど見つかるはずもなく。帆船は緩やか
に砂の海を滑り、金色の砂地を颯爽と走る。
 蜃気楼が揺らめいて、空気を光らせる中、船はノスタルジックな金の宮殿に辿り着いた。

「これが、大国……」
迫力に呑まれ、アイラは呆然と風景を見回した。ラティークは船から降りると、「兄貴はどこだ」と青年に駆け寄っていった。
 ラティークの兄ことヴィーリビア第一王子ルシュディは年頃のラティークとは違い、トーブを落ち着いた色合いで揃えている。背中を向けているので、ターバンの羽だけがふよふよと揺れて見えた。

(サシャーを連れて行った、手紙を寄越した第一王子? 一見普通に見えるどころか、優しげだけどな……)


永久に闇に閉ざされ、光を喪う。



文面を思い出してゾッとするアイラに、アリザムが
答えた。
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