イジワル上司と秘密恋愛
着信画面には番号は表示されているものの名前が出ていない。
登録してない番号だけど……なんとなく見覚えがある気がする。もしかしたら今日名刺を配った取引先の誰かかもしれないと思い、私は素直に通話ボタンをタッチした。
すると、聞こえてきた声は。
『もしもし春澤?』
「え?」
『良かった、番号変わってなかったんだ』
「あ、木下くん?」
電話越しの声を聞いてやっとこの番号が誰のものか思い出した。
以前スマホをなくしたとき新しいものにデータを移す際、いつまでも未練がましい気がして思いきって電話帳から外してしまったけれど……これは、木下くんの電話番号だ。
『あれ、もしかして俺の番号登録消してた?』
私の反応から察しのいい彼は図星をついてくる。
「あ、えっと、あの……ごめん」
咄嗟に何か誤魔化せばよかったのに、なんだか嘘をつくのが嫌で素直に認めてしまった。
『あはは、ひでえな』
電話の向こうでは笑いながら木下くんが嘆く。そして。
『俺はずっと消せないでいたよ』
そんな言葉を、真剣な声色で紡がれた。