イジワル上司と秘密恋愛

木下くんとの通話を終え部屋へ戻ろうとしたとき、ホテルの中庭に人影が見えた。

ライトアップしてあるとはいえ夜の八時過ぎ、他には誰もいない静かな場所で、ぼんやりと佇むように立っていた後姿を見て私は足を止める。

「……綾部さん……」

今でも背中を見ただけでときめいてしまう相手。私はしばらく綾部さんの後姿を眺めてその場に立ち尽くしてしまった。

——何してるんだろう? あんなところで。

考えごとでもしているのか、綾部さんは空を見上げたままずっと佇んでいる。

私はしばらくしてから、思いきって中庭への扉を開けた。

「あ、綾部さん……」

「……春澤」

声をかけるか迷ったけれど、考えてみればこれは初めて訪れたふたりきりで会話できるチャンスかもしれない。

周囲には誰も居ないし、エレベーターのときのように時間にも追われていない。

もしかしたらやっと気持ちが伝えられると思い、私は高鳴る胸を抑えながらおずおずと彼に近付いた。
 
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