イジワル上司と秘密恋愛
小さな池のある月明かりに照らされた中庭。
ホテルに繋がる扉を閉めると音が断たれ、静寂が増した。
綾部さんは私の方を向いたままじっと表情を変えない。その眼差しに捕らえられると胸に懐かしい切なさが蘇った。
「すみません……少し、お話いいですか?」
「……ああ、いいよ」
綾部さんは一瞬だけホテルの方を見やってから、こちらに向かって頷く。そして私の言葉をじっと待った。
「あの……私、ずっとずっと綾部さんに謝りたくて。ご、ごめんなさい!」
理由より先に頭を下げてしまうと、綾部さんは「え?」と困惑した表情を浮かべた。
「私、私……一年半前、綾部さんのことをすっごく誤解していたんです」
そうして私は、あの頃綾部さんに“マリ”さんという彼女がいると思いこんでいたこと、そのせいで卑屈になっていたこと、だから素直に彼の気持ちを受け容れられなかったことを洗いざらい話した。
「本当は綾部さんのこと、すごくすごく好きだった。いっぱい愛されて嬉しくてたまらなかった。なのに、あんな酷いことを言って……本当にごめんなさい」
長い時間を経てようやく届けられた謝罪。
努力して、追いかけ続けて、やっと届けることが出来た。