イジワル上司と秘密恋愛
『いつもの』ダイニングバーで私はカウンターの端に席を取る。初めて来たときも二回目もここだったから、もうふたりの定位置はここでいいと思う。
それからドリンクだけ先に頼むと鞄からコンパクトミラーを取り出し、さっと前髪だけ整えた。
「あ、そうだ」
ふと思い出して、私は慌てて鞄からスマートフォンを取り出すとラインの画面を再び開いた。木下くんに返信を送るのを忘れていたからだ。
彼のメッセージを改めて見て、少し考えてしまう。
こんなに自分の気持ちが綾部さんから離れていないのに、木下くんの誘いを受けてしまっていいんだろうか、と。
けれど、動き出さなければ尚更離れることは出来ないんだと思い直し、私は彼の誘いに快諾するメッセージを打った。
『素敵なお店だね、楽しみにしてる』
それを送信してすぐに既読のマークが付き、『十一時半に駅で待ち合わせでいい?』と返事が来る。
それにまた私が返事をして、と予定を決めるためのメッセージのラリーが続いていたときだった。
抜き取られるように私の手からスマホが奪われ、驚いて顔を上げると隣に立っていた綾部さんがこちらを一瞥してからカウンターに視線を向けなおし「ミントジュレップひとつ」とオーダーをして、隣のスツールに腰を降ろした。