恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「沢野はね、見た目はカワイイ今どきの女子だけど、頭は切れるよ? ……ただ、今日はちょっと体調不良でね。ヒサンな現場を見るって気分じゃないんだろう」
(先生……かばって、くれた)
桐人が言い終わると、津田はつまらなそうにフン、と鼻を鳴らして部屋の中に入って行ってしまった。
その背中を見送っていた桐人が、夏耶の方を振り返って、申し訳なさそうな顔をする。
「ゴメン……俺の考えが足りなかった。勉強になるかと思って来てもらったけど、今の沢野に見せるものじゃなかったな」
「え……?“今の”、わたし……?」
「うん。……身体がデリケートな時期に、申し訳ない」
(……! その言い方って……もしかして……)
妊娠のことは律子しか知らないはずで、桐人にはこれから話す予定なのに、彼はまるでその事実をすでに知っているかのよう。
戸惑った夏耶が何も言えずにいると、桐人が彼女の頭にポン、と手を置いて優しく言った。
「……知ってるよ。沢野が一生懸命、お母さんになろうとしてること」
その言葉を聞いた瞬間、夏耶のなかに張りつめていた糸のようなものがふっと緩んで、彼女の瞳の中にある、桐人の微笑がかすかに滲んだ。
(“お母さん”なんて言葉……わたしには、相応しくない気がしてたのに……)
父親がどんな人物で、どういう経緯で授かった命であろうと、お腹の子にとっての母親は、間違いなく自分。
だから、強くならなければいけない。頑張らないといけない。
夏耶はそうやって自分を励まし、本当に強くなった“つもり”でいた。
しかし、彼女は今、桐人の発したたった一言でわかったのだ。
妊娠が発覚してからたかだか数カ月で、すぐに立派な母親になどなれるわけがない。
本当は、自分だって不安でいっぱいで、でもそれを隠して、毎日無我夢中なだけなんだ、と。