Seventh Heaven
第三章 深緑の世界
あの日、あの後どうなったんだろう。
わたしは、覚えていなかった。

わたしが教室に飛び込んだ後、赤い世界へ行った事は、鮮明に覚えている。
真紅と戦った事、そして、真紅がわたしの前から姿を消した事も。

でも、わたしはあの世界から、どうやって戻ってきたのだろう。
いつものように、激しい頭痛に襲われ、意識を失った後、どうなったのか
わからないけれど、今はこうして、また日常生活に戻っている。

ただ、あの日から、七咲さんへのいじめは、すっかりなくなった。
真紅との戦いに勝利した事が、それと関係しているのだろうか。

七咲さんも、衿奈も普通に登校している。
まるで、何事もなかったかのように平穏な毎日。

それは、わたしの目には、あまりにも不自然な平穏にしか見えなかった。

七咲さんと衿奈の間に何かが起きたのは、間違いない。
けれど、わたしが知らないところで、こうも簡単に全てが解決してるなんて。
とりあえず、結果オーライと考えるようにしよう。

ただ、全てが結果オーライと喜べない状況なのだ。
いじめが無くなったにも関わらず、七咲さんの瞳は相変わらず、うつろなままだった。
そして、七咲さんのその足取りは、おぼつかない。

「七咲さん、なんだか体調良くなさそうだけど、大丈夫?」

昼休み。わたしは、七咲さんに声をかけた。

「別に大丈夫」

七咲さんは、机に伏したまま、ぼそっと答えた。

「お昼ごはん、一緒に食べない?」

「持ってきてないし」

そういえば、七咲さんがお昼ごはんを食べている姿を、わたしは見たことがない。

「じゃあ、わたしのわけてあげるから」

「いらない」

「いらないって、そんなのだめだよ。あ、もしかして、ダイエットしてるとか?」

「もう、ほっといてよ」

七咲さんは少しいらついた口調で言う。
わたしは、七咲さんのそんな態度に、少しカチンときたのである。

「どうして、そんな言い方するの。心配してるのに」

「どうせ、あなたは、うわべだけ。これ以上、わたしに関わらないでくれる?わたしの事なんか助けられない」

「え」

「ずっと、そうだったじゃない」

七咲さんの言葉が胸に刺さる。
と同時に、わたしは誓ったのだ。

「たしかに、今まで見て見ぬふりしかしてこなかったけど、今度は違う!」

何がなんでも、七咲さんのちからになろうと。

「どうだか」

七咲さんはそう言った後は、わたしが何を言っても返事をしてくれなかった。
わたしは、七咲さんとの食事をあきらめ。仕方なく、ひとり弁当を食べるのだった。

そして、放課後。
昼食をとらない七咲さんの事が、心配になったわたしは、いつの間にか彼女の家へと来てしまったのだった。
気付かれないように、細心の注意を払って、尾行してきたのだ。

三回建てアパートの一室に七咲さんは入っていった。
部屋に入っていくのを確認した後、わたしは彼女が入った部屋へと近付いた。
刑事か探偵にでもなった気分。

窓が少しだけ開いている。
わたしは、窓の隙間に顔を近づけた。
他人の私生活を覗くなんて、許されない事だとはわかっている。
けれど、七咲さんの事が気になって、仕方ないわたしがいる。
わたしは、その窓の隙間から、おそるおそる部屋の中を覗きこんだ。

「あんたみたいな役に立たないクソガキが一人前にメシ食うんじゃないよ!」

わたしは、突然の怒声に体を震わせた。
部屋の中では、中年の女性に殴る蹴るの暴行を受ける小学生くらいの少女の姿がある。

「給食食ってんだろ、学校で!だったら、それだけで我慢しろよ!こっちは、お前のためになけなしの金で給食費出してんだ!わかってんのか!」

「すみません、おばさん、すみません!」

どこかで見覚えのある顔。
そして、聞いたことがあるような声。
でも、わたしはこんな女の子は知らない。

「謝って済むなら、警察なんていらないんだよ!それくらいもわからんのかい!ったく、お母さんに似て、頭悪いんだから!どうしようもないよ!」

少女は、不条理な言いがかりをつけられ、激しく殴打されながらも謝り続ける。

「これ以上食うなら、私に金払え!ったく、なんで、私がおまえの面倒みなきゃならないのよ。おまえの母さんもどうせ死ぬなら、おまえと一緒に死んでくれたらよかったのにねえ!」

ここって、七咲さんの家、だよね?
わたしは、別の家を覗き見ている?
いや、でもたしかに、七咲さんはこの家に入っていったんだ。
わたしは、表札を確認する。

表札には、七咲の名前。
間違いない。
ここは、七咲さんの家だ。

さっきのは!?

再び、部屋を覗き見ると、中年の女性、少女の姿は既になかった。
さらに、先程までのあれだけの怒声が、急に聞こえなくなっていた。

なんだったんだろう、幻覚だった?

「あ!」

しかし、またも、目を覆いたくなるような光景がそこには広がっていた。

今度は、七咲さんである。

テーブルの上には、コンビニ弁当。
それをくちに運んでは、激しく嘔吐する七咲さんがいた。
彼女は、食事を摂ろうと試みては、その都度、嘔吐を繰り返していたのである。

わたしが、食べなくちゃいけないと言ったから、無理に?

いや、違う。
まさか、さっき、わたしが見た幻覚の中の少女は、幼い頃の七咲さんだった?
過去のトラウマから、食事を摂れなくなっているのか?

そして、七咲さんは、なにを思ったのか、なんと、皿に石を置き始めたのである。
それは、公園で拾ってきたかのような、大きさもばらばらの小石だった。

まさか、あれで空腹を満たそうとでもいうの?あんなものをおなかに入れたら?

「だめ!」

わたしは、無意識のうちに、ドアノブに手を伸ばしていた。
ノブを回す。
鍵はかかっていない。
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