指先からはじまるSweet Magic



真夏のこの時期でもいくらか陽の落ちた午後七時。
仕事を終えた私は、普段滅多に訪れることのない青山の路地裏に足を運んでいた。


メイン通りから一本脇に入るだけで、一気に静けさを纏う一等地の一角に、圭斗が勤務するヘアサロン『ニューミストラル』の本店がある。


一年前、香織の予約に合わせて一緒に来たのが最初で最後。
たった一回の来店で、圭斗の魔法に魅せられて虜になってしまったけど、私自身はまだお客さんとして一度も来たことがない。


プライベートで髪を洗ってもらうようになってから、圭斗はよく『絶対可愛くしてあげるから、今度は髪切らせてよ』って言ってくれた。
あれからは顧客としてサロンに通ってる香織からも、『どうして未だに他のサロンに通ってるの』と呆れられた。


圭斗なら絶対に期待を裏切る結果にはならない。
圭斗の腕は、私だって信用してる。
それでもまだ一度も髪を切ってもらってない理由はいろいろあるけれど、恥ずかしいっていうのが一番の理由だった。


圭斗にも見抜かれている通り、普段の私はマメに髪のお手入れをしたりしない。
頻繁に圭斗の施術を受けるようになってようやく、なんとか胸を張れる髪質を保っていられるというのが本当のところ。


だから、圭斗に髪を切ってもらったりしたら……その出来上がりの瞬間の質を全く保てない私を毎日見られてしまうし、それがとても恥ずかしくて仕方ないのだ。
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