指先からはじまるSweet Magic
濡れた手をタオルで拭って、ゆっくり私に歩み寄って来る。


「どうぞ、上がって下さい。何か冷たい飲み物でも用意しますね。……あ、塩入さん、いいですよね?」


私の前だからか、細川さんはさっきまでとは違って、圭斗と微妙な距離感を感じさせる言い方をした。
圭斗も、ん、と頷いてシャンプー台から降りた。


「俺、奥で髪乾かしてついでに着替えて来る。里奈、悪いけど、ちょっと待ってて」

「あっ……」


サラッとそう言って奥に続くドアに消えて行く圭斗に、思わず声を掛けた。
それでもドアはバタンと閉まって、私はあまりの居心地悪さにバッグを胸に抱き締めながら俯いた。
そんな私を、細川さんはクスクス笑う。


「麦茶くらいしかないんですけど、いいですか?」

「い、いえ。私、帰ります」


余裕の表情の細川さんに対して、どうしようもないアウェイ感を感じる。
クルッと背を向けてドアに手を掛けようとした私の肩を、細川さんがそっと掴んで止めた。
思わず振り返った私に、細川さんはニッコリ笑う。


「そんな、逃げないで下さい。帰らしちゃったら、私が塩入さんに怒られるし。……それに」


私の肩から手を引っ込めながら、細川さんはゆったりと微笑んだ。


「いつも忙しいはずの塩入さんが、私なんかの個人レッスンに時間を割く理由、知りたいでしょう?」

「えっ……」


不敵な笑みを向ける細川さんに、私はただ絶句した。

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