一年の華
転校生
六月に入って気温がぐんと上がり始めた頃、校内では、もうすぐ行われる体育祭ではなく、ある人物の話題でもちきりだった。
俺達のクラスに突然転入してきた宮代翔(みやしろかける)。
フランス帰りのイケメン転校生を見るために、学校中の女子達が休み時間にうちのクラスに集まった。
「あ゛ーもう!毎回毎回同じ顔見てよく飽きないな!男子にとっちゃ五月蝿いだけなんだけど!」
俺は耳を塞いで女子の騒ぐ声に負けじと叫んだ。
「あれは当分おさまらないと思うよ、アキト。転校からまだ一日なのに、もうファンクラブが出来てるらしいから。」
「ファンクラブ!?くっだらねー!」
勢いよく顔を上げると、マサヒロもあれはやり過ぎだとでも言いたげな表情をしていた。
「まあ、しょうがないよ。あれだけのイケメンだったら。」
「…おまえは自分のことが好きな女子達取られて悔しくねえの?」
「全然。別にモテたいわけじゃないし、そもそも俺のことが好きになる女子はほとんどが人見知りだから、あんなに目立つ人には近付く勇気さえ無いよ。」
さらっと笑顔で女子達を貶したマサヒロに若干引きながら、「ふーん。」と呟く。
宮代は周りで騒ぐ女子にはほとんど興味が無いらしく、誰かが名前を呼ぼうが何をしようが、偽物っぽい笑顔を返して終わらせていた。
そこに、凛とした声が一つ響いた。
「翔。」
振り返ると、自分の席に座りながら宮代の方を見る佐々木の姿があった。
女子から逃げ回り疲れたように動かなかった宮代が、佐々木の方に歩いていく。
「英語の長文の宿題、出してないの翔だけだよ。」
「あ、忘れてた。悪い、未琴。すぐ出す。」
下の名前で呼び合う二人のやりとりを、俺達を含めた教室内にいる誰もが静かに聞いていた。
よく考えれば、俺は宮代が女子の名前を苗字でさえ呼んでいる光景をこの一日見なかった。
宮代と佐々木は、呼び捨てで呼び合う何か特別な関係なのかもしれない。
俺は、机の縁を掴んでいた手に力を込めた。