一年の華
***
学校から帰り、自分の部屋に戻ると、翔がベッドに寝転がりながらマンガを読んでいた。
「おー、未琴ー。おかえりー。」
「またいるの?自分の部屋に戻ったら?」
フランスから帰って以来、翔は暇があると私の部屋にきた。
自分の部屋のようにくつろぐ翔をクスクスと笑いながらベッドに近付く。
「あんま気にすんなよー。細かいこと気にする女は男に嫌われるぞー。」
仰向けの状態から体を起こした翔は、ベッドに座った私の髪をぐちゃぐちゃにしてから、今度は丁寧に髪を結い始めた。
「大丈夫。だって翔が私の旦那さんになってくれるんでしょ?」
髪を触られる感覚を楽しみながら、私は目を瞑る。
「…まあ、そう、だね。」
「何その言い方。」
「別に。忘れてないんだなって思って。」
「何を?」
「俺が未琴の許嫁だってこと。」
「忘れないよ。子供の頃からずっと恋人ごっこしてたのに。」
「…そうなんだけどさ…。」
結い終えたのか、翔の手が私の髪から離れた。
後ろを向くと、心配そうな目でこっちを見ている。
「どうしたの?」
「…最近、うちのクラスの村瀬秋人と仲良いみたいじゃん。」
ああその事か、と思った。
「村瀬くんに顔を見られたの。それ以来ちょっと話すだけだよ。」
「顔を隠すわけは?」
「まさか。この家の秘密をバラすようなものじゃない。」
肩をすくめて翔を見ても、翔の表情は変わらなかった。
「未琴、村瀬のこと好きになってないよな?」
「ふふっ。なんでそうなるの?」
「いや、別に…。」
「そういう事に関しては翔は問題ないよね。女の子はとっかえひっかえ。執着心は絶対持たない。薄っぺらい笑顔でみんなと接して…。そもそも好きな子がいたことある?」
「…ないな。」
「やっぱり。」
「いや、いらねえだろ。」
「そういう生き方もあるのかもね。翔、着替えたいから少し出ててくれる?」
「了解。」
翔はベッドから立ち上がり、ドアへ向かった。
私がその後ろ姿を見つめていると、ドアの取っ手に手を掛けた翔が振り向いた。
「絶対に紅榴(くりゅう)家の秘密を忘れるなよ。」
「うん。」
翔が出ていくと、部屋が急に静かになった。
「紅榴の…秘密を…忘れるな……。」
座った体勢のまま後ろに倒れ込み、床に鞄を落として手の甲で目を覆った。
深く息をはいて全身の力を抜くと、自分の中に溜まっていた疲労が解放された。
「一年の……華。」
呟くと同時に目を閉じると、私は夢の世界へ落ちていった。