一年の華


***


《これより、南川高校体育祭を開催しまーす!》

生徒会長の声がマイクからグラウンドに響き渡った。

盛り上がる二・三年生と、ノリについて行けない一年生が入り乱れる。

一際目立っていたのが宮代で、近くにいる女子は皆宮代の方を見ていたが、佐々木を見るとそんな宮代を気にも留めず、生徒会長を眠たそうに眺めていたため、あまり癪には障らなかった。

「今日、すげえ暑くない?」

斜め後ろに立っていたマサヒロが汗を滴ながら近付いてくる。

「だよな。こんな炎天下じゃ熱中症で誰か倒れるって。」

「でも勉強よりマシだと思っちゃうところが悲しいよ。」

「確かに。」

俺は男子騎馬戦と百メートル走に出場することになっていた。

百メートル走などの徒競走ものは盛り上がるため、最後のほうの種目となる。

騎馬戦も午後のため、午前は女子綱引きと障害物競争に出る佐々木を見る以外に予定がない。

マサヒロも男子騎馬戦と百メートルハードル走とクラス対抗リレーで午後。

午前が暇なため、この体育祭はあまり乗り気になれなかった。

佐々木の出る時間まで二時間もあり、それまでの時間は校舎裏で寝ることにした。

マサヒロも誘ったが級長の仕事があるからと断られた。

ああ見えて、マサヒロはうちのクラスの頼れる級長。

教師達にも受けが良く、任せた仕事は小言一つ言わないため、後期の級長もきっとあいつになるだろう。

外面の良さを保つにはしかたがないか、と思いながら、俺は一人で校舎裏に向かった。

行く途中に男子一人とすれ違い、もう誰かいるかも、と不安になる。

「げ。ナツキかよ。」

校舎裏に着くと、ついそんな声を出してしまった。

屋根の下で日差しを避けて座っていたナツキも俺に気付いた途端に嫌な顔をする。

「なんで来んの。」

「俺が来たところにお前がいたの。お前こそなんでいんだよ。」

「告白されただけ。」

さっきの男子を思い出し、納得する。

「終わったんならどっか行けよ。」

「はあ?なんであんたのために私が動かなきゃいけないの?そっちがどっか行って。」

ナツキは幼稚園の頃から「可愛い」とたくさん言われ続け、そのせいか、ずっと見た目に気を配っていた。

今では学年一の美少女らしく、マサヒロと並んで歩いていると絵になるらしい。

周りがそう言うだけで、俺にはこいつが可愛いかどうかも分からない。

「お前さ、いい加減、見た目じゃなくて勉強に力入れろよ。もうそれだけモテたら気がすんだろ。」

「はっ。何にも力を入れてないアキトよりはマシなんじゃない?」

「お前は力を入れる方向が間違ってんだよ。それ以上ケバくなってどうすんの?俺はお前みたいな外だけ着飾った女とは付き合いたくないね。少しは佐々木を見習え。」

木陰に入って座り込みながら言うと、ナツキは眉間に皺を寄せて嘲笑った。

「佐々木?あんたのクラスのお化けの?あんた、あんなのがタイプだったの?信じらんなーい。」

「おいっ!」

反射的に立ち上がり大声を上げると、ナツキはビクッと肩を強張らせた。

「お前、マジでいい加減にしねえと殺すぞ。」

ドスをきかせた声でなるべく感情を抑えて言う。

俺は固まったままのナツキをおいてその場を離れた。

不快な気分になり、雑草を踏みつけて気持ちを抑える。

舌打ちをして体育館裏に行き、タイルの上に座った。

ここは中庭にあたる場所で、道路に面していたさっきの校舎裏よりも空気が良い。

名一杯、その空気を肺に入れ、ごろんと寝転がる。

青い空に薄い雲がちらほら浮いていた。

誰もいないため雀が近くに降り立ったのか、鳴き声がする。

「村瀬くん…?」

佐々木の声も聞こえる。

夢の中に入ったのかもしれない。

「…寝ちゃった?」

その二言目で目を開けると、さっきまで青で染まっていた視界が佐々木になっていた。

「うわっ、佐々木!?」

夢では無かったと気付き体を起こすと、佐々木は俺の左隣に座った。

右耳に髪の半分をかけて俺の方を見る。

「暇だから村瀬くんを探してたんだけど、どこにもいないから困ってたんだよ。」

佐々木は微笑みながら言った。

可愛いなと思ってついジッと見つめてしまったが、すぐに目をそらす。

「俺も暇だったから休むとこ探してたんだよ。佐々木はクラスのみんなを見るつもりだと思って誘わなかったけど。」

「そうだったんだ。」

それから俺達はたわいない話をして、時間になると二人でグラウンドに戻った。

俺は時々見せる笑顔をもう一度見たい気持ちを心に留めて、佐々木の綱引きと障害物競争を見守った。

昼、マサヒロは登校途中に買ったサンドウィッチを持って、俺は購買で買ったパンを片手にベンチに座った。

「あっつー。」

マサヒロが俺の隣で体操服の襟をパタパタを動かす。

「お前もよく働くな。マジで偉いと思うよ。」

パンにかぶりつきながら言うと、マサヒロは溜め息をついた。

「ここまで暑いとさすがに嫌になるって。もう動く気ない。」

「お前の競技はこれからだけどな。クラス対抗リレーまで大丈夫か?」

「…お前は午前中は何やってたの?」

「佐々木と喋った後に佐々木を見てた。」

「死ね、バカアキト。…俺も見てたけど、何で佐々木はリレーに出ないんだろ。」

マサヒロを見ると、首を傾げて考え込んでいる。

「佐々木の五十メートル走のタイムは知らないけど、今日見る限り、佐々木ってすごい速いじゃん。」

「それは…。」

風で髪が靡いて顔が見えるからだよ、と言いそうになり、急いで口をつぐむ。

「それは?」

「あ、いや…なんでもない。俺、トイレ行ってくるわ。」

気まずくなり、不思議そうな顔をするマサヒロを残して俺はその場を去った。

ついでに、と思い、グラウンドの端にあるトイレに向かう。

途中、校舎に入っていく佐々木を見た。

俺はトイレからすぐに出て佐々木を追った。

教室に近付くにつれ、話し声が聞こえる。

一人は佐々木だと分かったが、もう一人は聞き覚えがあるだけでピンとこない。

声の低さから、男であることは確かだ。

俺は体を隠してチラッと教室を見た。

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