一年の華
***
「宮代翔くんですよね?」
その女は、体育祭が終わってから一緒に帰る約束をした未琴の着替えを下駄箱で待っている時にやってきた。
にっこりと気持ち悪い笑顔を浮かべて近付いてくる女は、片手に白い携帯を持っている。
「あんた誰?」
俺に近付いてくる女のほとんどが俺の容姿目当てだが、この女がそうでないことは一目でなんとなく分かった。
女は俺の質問には答えず、携帯の画面を俺に見せた。
「さっき教室で撮った写真。あなたと佐々木未琴。」
「だから何?」
撮られていたとは驚きだが、その写真のせいで困るようなことは何もない。
「この画像、女子達に送ったらどうなると思う?」
「どういう意味だよ。」
女はニヤッと笑い、携帯をポケットに入れる。
「あなた、自分の人気のすごさをちゃんと分かってる?ファンクラブまで作られてる中でこの画像が出回ったら、佐々木未琴がイジメを受けるのは目に見えてる。」
確かにその可能性は高いかもしれない。
女の顔を睨み付けていると、女は笑顔を消して真剣な表情になった。
「でもある条件を飲んでくれるなら、画像を削除してもいい……って言ったらどうする?」
「…条件は?」
不利な状況に眉間に皺を寄せる。
「みんなの前で二人の関係を打ち明けて。」
「…それじゃあ画像が出回っても同じだろ。」
「未琴に手を出したら殺す、ぐらい言っておけば?」
「お前にメリットが無い。」
「牽制するだけでいいの、…ある男子に。あなただって大事な彼女を誰にも取られたくないでしょ?」
「…悪いけど、俺達は恋人じゃない。付き合ってもいない。」
そう。
俺達は恋人なんかじゃない。
「……は?」
混乱した表情を見せる女は、あまりの予想外の事実に視線を泳がせる。
「え…?は?え?…は…意味わかんないんですけど。え?じゃあなんで…教室であんなことを…。」
「それはお前に教えるようなことじゃない。」
「答えてっ!」
女は鋭く叫んだ。
「教えたら、その後で俺の目の前で画像を消せ。」
「…分かった。」
女は悔しげに頷く。
俺はそんな女を見下ろした。
「俺達は婚約をした仲だ。まあいわゆる…許嫁だな。」
画像を消せ、と脅すと、女は驚きながらも躊躇いがちに携帯を取りだし、画像の削除ボタンを押した。
女が去っていくのとすれ違いで未琴がきた。
さすがに暑いようで、後ろ髪だけを手で纏めている。
「ごめん、待たせて。」
「ははっ。大変だな、髪の毛。」
凭れていた下駄箱から離れ、校舎を並んで出る。
「悪かったな、昼間。…暑いのに抱きついて。」
「抱きつくのなんて家でいくらでもやってるでしょ。今更どうしたの?」
午前中、校舎から中庭で村瀬と一緒にいる未琴を見て嫉妬してたなんて絶対に言えない。
俺は笑って誤魔化した。
未琴はきっと俺が誤魔化したことに気付いている。
でも絶対にその理由は聞かない。
何度聞いても俺が答えないことを分かっているから。
昔から俺が誤魔化す理由はただ一つだけ。
未琴のことが好きだから。
生まれた時から決まっていた許嫁だけれど、俺はそんなもので未琴と結ばれたくはない。
許嫁という結び付きがなければ一緒にいない関係にはなりたくない。
小さい頃から好きだった。
でも俺は、想いを告げて拒絶されるのが怖かった。
臆病なのにプライドだけは高いから、ずっと女にも未琴にも恋愛感情を持たないフリをした。
寄ってくる女達で未琴の分をできるだけ補っていたら、いつの間にか未琴の中で俺は女誑しになっていた。
ずっと好きなのに。
ずっと未琴だけを見てるのに。
俺は好きすぎて、「好きだ」って一言が言えない。
村瀬にも誰にも取られたくない。
独占欲だけが増していく日々が、俺はとても苦しい。
隣を見ると未琴が欠伸をしていた。
「疲れたの?」
素っ気なく聞くと、未琴は俺を見上げて小さく笑った。