一年の華


***


どうして佐々木は俺に嘘をついたんだろう。

やけに親しい理由は、相手が従兄だからじゃなく、自分の許嫁だったからだ。

どちらもショックだが、許嫁である事実よりも嘘をつかれたことの方がショックは大きかった。

朝から一切その話題に触れようとしないマサヒロと、重い足取りで教室に向かう。

教室に入ろうとすると、ちょうど出てきた佐々木とぶつかりそうになった。

「あ、ごめん…。」

驚いた口調で話す佐々木は、普段と何も変わらない。

俺はもう自分が怒っているのか何なのか分からなかった。

挨拶を交わそうとする佐々木の横を無言で通り過ぎ、席に向かう。

「ちょ…アキトっ。」

後ろから聞こえたマサヒロの声も無視し、俺は顔を逸らした。

その日から、俺は佐々木と廊下ですれ違っても言葉を交わすことはなかった。

佐々木は初めのうちは目を向けてきていたが、数日が過ぎるとあちらもまるで他人のような素振りをした。

関わらなかった。

喋らなかった。

目を合わせることもしなかった。



「お前さ、これでいいわけ?」

宿題忘れで教室に居残っていた俺に、向かいでそれを眺めていたマサヒロが言った。

「何が?」

課題のプリントから目を離さずに聞き返す。

「佐々木さんのこと。」

その言葉にシャーペンを止めて顔をあげると、マサヒロは頬杖をつきながらこっちを見ていた。

「お前、自分では気付いてないだろうけど、佐々木さんとすれ違うたびに顔をしかめるんだよ。」

うっすら笑みを浮かべるマサヒロは、俺のその状況を楽しんでいるようにすらに見える。

何も答えないでいると、マサヒロは言葉を続けた。

「話してきたら?佐々木さんと。」

「……。」

「本人に真偽を確かめた方がいいって。」

「……。」

「ま、俺はどうでもいいんだけどね。でも俺は佐々木さんに恋をするお前を見てるのが楽しかったから、ちょっと残念だけど。」

「…あっちだって急に無視されて怒ってるだろ。」

マサヒロのアドバイスを断るために適当な理由を見つける。

「いや、俺はそうは見えないけど?」

「どう見えるんだよ。」

「んー…何て言うか……もうアキトのことはどうでもいいって思ってるように見える。」

それじゃ意味ないじゃん、と心の中で呟きながら、残念なようなホッとしたような気分になった。

話は終わったと思い、プリントに視線を戻す。

「でもアキトはこのままじゃ嫌なんだろ?」

言い当てるような口調で言うマサヒロを睨むと、今度は真剣な表情でこっちを見ていた。

「なんでお前はそう決めつけるんだよ。もう佐々木のことを何とも思ってない可能性は考えないのか?」

「無いな。もしそうだったら、お前は佐々木さんを無視する理由がないだろ。」

「…でも…。」

あんな態度をとっていたから、話をするのは気まずい。

するとマサヒロが立ち上がった。

「明日の放課後、佐々木さんに校舎裏に来るように言っておいたから行けよ。んで、話すこと話せ。あ、俺もう帰るからな。遅すぎて待ってられない。」

「……はい?…え…あの……?」

マサヒロは俺を残して教室を出ていく。

「はーーーー!?」

俺の叫び声が寂しく教室に響き渡った。


翌日の放課後、俺は校舎裏に向かっていた。

マサヒロには朝から「俺は行かないからっ!」と連呼していたが、聞き入れてもらえなかった。

それを思い出し、溜め息をつく。

何を話そうか考えていると、校舎裏に着いた。

まだ佐々木は来ていないようで、少しだけホッとする。

久しぶりに話すため、緊張していたからだ。

体育祭の日にナツキが座っていた場所に俺も座り、脚を投げ出して脱力した。

「もうすぐ夏だな…。」

赤くなってきた空を眺めながら一人で呟く。

風が顔に当たり、心地よい気分になる。

ウトウトと舟を漕いでいると、芝生を踏み歩く足音が聞こえてきた。

佐々木かもしれない。

重かったはずの瞼が一気に軽くなり、顔を足音の聞こえるほうに向ける。

足音が止まると同時に、佐々木が姿を現した。



< 19 / 23 >

この作品をシェア

pagetop