一年の華



***


「ただいまー。」

何足か並べられている玄関に、自分のローファーを加える。

二階にある自分の部屋に向かおうとすると、お母さんがリビングから顔を出した。

「おかえり、ナツキ。マサヒロくんが来たから、一応あんたの部屋に通しといたよ。あんたに用があるって。」

もう一度玄関を見直すと、さっきは気付かなかったのに、いつもはない男物のローファーが置かれている。

何をしに来たのかは分かっている。

きっとこの間のことだろう。

自分の部屋に行くのが怖い。

何と言われるのだろう。

「早く行きなさいよ。一時間以上も待たせてるんだから。」

立ち止まったままの私を不思議そうに見つめながら、お母さんが言う。

「あ、うん。」

冷や汗を滴ながら、私は階段を上った。

静かに部屋のドアの前に立ち、深呼吸をする。

でも心拍数は上昇していくばかりで、意味の無さをすぐに痛感した。

ゆっくりとドアを開けると、部屋の中心に置かれた低いテーブルに肘をついて本を読む、マサヒロの姿があった。

何も変わらない笑顔で私を出迎える。

「おかえり。」

「た、だいま。」

ぎこちない笑みを浮かべながら鞄をクローゼットに凭せ掛ける。

部屋を出るための口実として飲み物を取りに行こうとしたが、お母さんが出したのか、既にコーラがテーブルの上に乗っていて、仕方なく私はマサヒロの正面に座った。

「ごめん、来る前に連絡すればよかった。」

マサヒロはそう言ったが、予め連絡をすれば、私が会うのを避けて友達の家に泊まるのを見越してわざと連絡しなかったんだろう。

「この間のことなんだけど。」

腹黒いマサヒロに攻められる前にこちらから話を切り出す決意をした。

声が震えないようにすると、必然的に大きな声になった。

「アキトに伝えといて。許嫁とか言ったけど、あれは嘘だって。…ちょっとからかいたかっただけなの。だから…。」

繋げる言葉を必死で探す。

マサヒロをチラッと見ると、後ろのタンスに凭れて無表情でこっちを見ていた。

その目が怖くなり、視線を外す。

「アキトは一緒じゃないんだねっ、今日は。……なんか用事でもあ…」

「アキトは佐々木さんに会ってる。」

ハッと顔を上げると、マサヒロは私を観察するような目で見ていた。

「確かめに行ってるんだよ、許嫁のこと。」

「……。」

「ナツキ。あの許嫁の話はホントの話でしょ?アキトとナツキは喧嘩する時に嘘を言い合うけど、お互いに嘘か本当かは見抜いてる。だから、この間のだってアキトは嘘じゃないって分かっていたからずっと落ち込んでた。」

「……。」

「あれは本当のことなんでしょ?」

「……分かってるなら…なんで来たの?」

嘘がバレたのに、何故かホッとして涙が零れそうになる。

「…ナツキとアキトは仲が悪いように見えて良いよね。だから、お互いに困ってたら助け合うし、嬉しいことがあったら喜んであげる…んだろうと思ってた。あの時のこと、アキトを傷付けたのはわざとじゃないって分かってる。言った後のナツキが後悔の顔をしてたのも気づいてた。でもナツキ……アキトに諦めてほしいような言い方をしてた。」

「……。」

「許嫁のことを黙ってた佐々木さんに怒って言ったことなら……、アキトのことを思って言ったことなら、喧嘩の言い合いの中で言う意味がない。ナツキは決めたことは貫き通すタイプでしょ?だから、アキトに言うと決めたのなら、言い忘れないように会ってすぐに言うはず。」

マサヒロは昔から頭が良かった。

ルールの穴を見つけて、反則ぎりぎりでゲームに勝っていた。

相変わらずだな、と思い、ハハッと力無く笑うと、マサヒロは口を閉じた。

そんなマサヒロを私は見た。

恐怖感は無くなり、マサヒロが何を話しに来たのか理解した。

アキトをどう思っているのか、だ。

「私ね……」




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