一年の華
この調子でダッシュで帰れば、テレビの時間には間に合う。
俺は階段を駆け上がり、三階の教室まで向かった。
いつも三階まで上るのが嫌で仕方なかったが、最上階の四階でなくて良かったと初めて思えた。
夕日で赤く染まった人気の無い廊下を進む。
昼間と違って俺一人の足音が響き渡り、何故か悪い事をしている気分になる。
思い切り歌いたいな…とか、そんなことを思っていると、いつの間にか教室の前に来ていた。
ハッとして腕時計に目をやると、十二分になっている。
階段を上がるのに思ったより時間がかかってしまった。
教室のドアに手をかけたとき、俺はようやく気付いた。
教室の中に誰かいることに。
ドアに触れていた手が無意識に離れ、一歩後退る。
逆光にはなってないため、目を凝らせば見えた。
誰かが机に座って、伏せて眠っている。
長い髪と制服のおかげでうちの高校の女子生徒だとはわかるが、それ以外が何も分からない。
幽霊ではなさそうだが、眠っているのが女子のため、教室に入りにくい。
「テレビがテレビがテレビがッ!」と心の中で叫んだ。
ドアの前でぐるぐると回転しながら貧乏揺すりをする。
事情話してマサヒロに朝見せてもらって…ダメだ。テレビを見るための作り話だと思われる!
頭を抱えていると、ガタッと椅子の音がした。
女子を見ると、長い髪を整えもせずゆらりと立ち上がっている。
俺はドアの横に体を隠し、顔だけを出してその様子を見ていた。
開いていた教室の窓から風が入ってきているのか、髪がそよそよと揺れている。
女子は、さすがに動くのに邪魔になったのか、乱れた髪を上に掻き上げた。
俺は息を飲んだ。
何故なら、髪の隙間から見えたその横顔が、とてつもなく美しかったから。
髪もぐちゃぐちゃ。
制服もさっきの体勢の跡がくっきり残っていて、普通ならだらしなく見えるはずが、まるで魔法のかかった風を浴びた美しい天使だった。
女子はバランスの整った細い体を折り曲げて床に置いてあった鞄を持ち上げると、こっちに歩いてきた。
ちょうど隣の教室のドアが開いていたため、俺は咄嗟にその教室に入って隠れた。
数秒後、ドアの開く音が聞こえて、女子は俺に気付かず通り過ぎて行く。
「…!」
その時見えてしまった。
さっき美しい横顔を見せたのは、
教室から出てきたのは、
通り過ぎて行ったのは、
俺のクラスの佐々木未琴だった。