優歌-gental song-
彼女はその子を抱えたまま、ベンチへ移動した。


となりにぼくが座ると、彼女は言った。


「あなた、最低」


睨みつけるような視線で、そう言った。


ただ腕の中にいる女の子を起こしてはいけないと、少し小声だった。


「え?」


先ほどの笑顔はどこにいったんだ、と思うほど、彼女は怒りをあらわにしていた。


「こんな小さな女の子を泣かせるなんて最低だと言ってるの!

女の子を泣かせたなんて、許されることではないわ!」


「え、え?」


「警察に訴えるわよ。覚悟しなさい!」


女の子を抱えながらも、かばんからケータイを取り出そうとする彼女に、「ご、誤解だ!」とぼくは訂正した。






「なんだ、そうだったんだ」


いきさつを説明し終わると、彼女はまたふわりと微笑んだ。


「ごめんなさい、勘違いしてしまって」


「いや、いいんだ。その子も泣き止んでくれたし」


優しいんだね、と彼女は微笑んだ。


「きみの方が優しいよ」とぼくは言った。


「きみの歌、すごく優しかった」


彼女は照れたように笑った。


「歌うの、好きなんだ」


あんまりうまくはないけど、と付け加えた。


「上手だったよ」


ぼくは言った。

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