カタブツ上司に迫られまして。
ぽんぽんとあやすように背中を叩かれる。

その手のひらが優しい。

「あのな。鳴海」

「は……はい」

恥ずかしいけれど鼻をすすりながら、課長の声に耳を傾ける。

「まぁ、いきなり笹井由貴になれって言うのは突然だったと思うが、口説こうと思っているのは確かだから」

「……課長が、私を口説くんですか?」

すんすん鼻を鳴らしながら呟くと、課長は無言で私を抱え直し、小さく笑ったような気がした。

「悪いか?」

「悪いって言うか……それも突然だと思うんです」

だって、今まで普通に部下としてやって来ていたし。課長から何かアクションを起こされたこともないし。

課長なんて、女嫌いとまで噂される始末なのに。

「……そうか?」

「あ。でも、今日は助かりました。皆、火事の話を聞きたがって、仕事が滞ってましたから」

「あー……まぁ、仕事を円滑に進めるのも俺の役目だし。お前がイライラしてんの解ったし」

イライラ……してたのかな。

困ったなーとは、思っていたけれど。

「まぁ、お前がここまで面白い奴だとは、思ってなかったが」

……面白い?

「いきなり現実逃避して独り言を言ってるわ、朝っぱらから元彼の話を聞かされるわ」

顔が赤くなって、もごもごと呟く。

「え……えーと。忘れてください」

「まぁ、面白い話じゃないしな。とにかく」

少し身体を離して、課長は私を覗き込んだ。

「お袋が俺を婿に勧めたのは知らなかったが、嫁にきても姑問題が無さそうで良かったな?」

「よか……」

良かったのか?

それよりも、私はまた独り言を呟いていたらしい。

眉を寄せると、課長は笑って私を離してくれた。

「迷惑だとは考えてねぇから、居座ってろ」

そう言って離れていく温もり。

課長は立ち上がりながら麦茶のグラスを取ると、ゴクゴクと飲み干した。

「ご馳走さま」

食べ終った食器を片付けて、部屋に戻っていった。
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