ラブエンゲージと甘い嘘
「では、急いでいますので……失礼します」

「あ、はい……ってちょっと待ってください」

タクシーに乗り込もうとする相手を、私は引き留めた。

「まだ、何か? 見たところ怪我などはないようですか」

眉間に皺を寄せて不服そうに私を見ていた。

「“なにか?” じゃないですよ。そのタクシー私が乗るんですから」

ここに来たとき彼の姿は確認できなかった。ということは私がこのタクシーに乗る権利があるはずだ。

眉間に皺を寄せている長身の相手。少し怖い気もするが手荒なことをするタイプではないはずだ。それに私は間違ったことをしているわけではない。

「チッ」

し、舌打ちした!今!

しかし相手はそれまで眉間に寄せていた皺をとって、にこやかな笑顔になる。

「すみません。少し急いでいますのでお譲りいただければありがたいです」

張り付けたような笑顔。さっきの舌打ちを聞いていなければきっと騙されてしまったはずだ。

「私もそうしたいのはやまやまなんですが、時間に遅れそうなんです。次のタクシーに乗ってください」

そう言って乗り込もうとすると、さっき私がしたのと同じように引き留められた。

「次のって一体いつ来るんだ?」

ふたりして周囲を見渡してみるが、タクシーは走っているのでさえ見当たらない。

「そんなの、私に聞かれても困ります!」

「俺だって急いでるんだ。遅れたら責任とってくれるんだろうな?」

「どうして私がっ!そもそも……」

口論がどんどんエスカレートしていく。お互い意地になっていることもあって一歩も引かない。
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