恋人境界線
喜んでくれた静佳に、両手を振ったとき。「あれ?志麻、香水つけてる?」手首に染み込んだ香りが、飛散した。
「う、うん…」
「良い匂いじゃん!癖になりそうー」
静佳はくんくんと、犬みたいに、あたしの周囲を嗅いで回る。
吸収されるごとに、一枚ずつ服を脱がされてるみたいに、恥ずかしい。
あたしのじゃない。
春臣の、センス。春臣と、同じ匂いなんだよ、って。出来ることなら、大声でそう宣言したかった。
追試が行われる講義室に向かう静佳と別れ、あたしは別棟にあるパソコン室へと足を進めた。
空は、朝からどんよりと重たい雲に覆われていた。吹く風は、生暖かいのに。
じりじりと接近中の台風は、日本本土を直撃しそう。
静佳に褒められたことが嬉しくて、つい手首が鼻に向かう。
『女の子が香水つける仕草って、ぐっとくるね』
首筋にも、足首にも胸元にも。もちろん少しずつ、擦り付けた。
春臣の一挙手一倒足を、思い出しながら。
あと少しで別棟に到着する。講義を終えた学生たちとすれ違う中で、あたしの目が捉えた、あの人の姿。