恋人境界線
風は容赦なく、落葉に手を貸す。
足元で、こぶしの木の葉が踊るように舞う。
「春臣ね、ずっと、名前呼んでてくれるんだよ」
「…っ…」
「誰かに、抱きながら名前呼んでてもらったことある?」
目に焼き付く。
薫の、勝ち誇ったような顔付きが。
抱かれた対象を“誰かに”と濁したけれど、唯一無二の人物を特定されたように聞こえてならない。
ベンチから、薫が立ち去っても、呼び止める声が出なかった。
風に晒してかさかさになった唇が痛い。追い討ちをかけるように噛み締めると、じんわりと鉄の味がした。
鼻につく香水の匂いが、薫の残り香なのか自分のものなのか、判断するのが困難で。
不愉快で仕方ない。頭の中がおかしくなりそう。
『黙って。志麻からも、して?』
そう言ってくれたときみたいに、甘くて低い声で、呼ぶの?
堪えるように、ねだるように。加減した抑揚で、気持ちをこもらせて。
『こうなったら、もっとするんだから別にいいだろ』
あたしには、キス以上しようとしなかったじゃない。