恋人境界線
たった一人、取り残されたことにも、気付かずに。
「気を付けて帰ってね。風邪、引かないように」
にっこりと微笑んだ多野木に心ばかり笑い返し、パソコンの電源を落とす。
作業はまた、明日から続けよう。取り敢えず形はできたから、このまま静佳に引き継いでもいい。
デジカメをバッグにしまいながらパソコン室を出たあたしは、唖然とした。
「っ、すごい風…」
来たときよりも、風の勢いが増している。
息が出来ない。もちろん体感もひどいけど、視覚でも十分に、台風の脅威がうかがえた。持ち主の手から放れた、骨の折れた傘。
どこから飛んできた何物なのかよくわからない、看板。
降りしきる雨の方向は定まらず、四方八方からあたしを濡らす。
全身に浴びるのに、そう時間は掛からないだろう。
「…っ、前見えないし」
無事に駅まで歩いて行けるか、まるで自信がない。
こうなると、わかってて出歩いた自分の軽率さが招いたこと。
どうせ壊れるから、傘は差さずに杖代わりにしよう。
覚悟を決めて、一歩一歩足を進めると、前方からこちらに向かって走り寄って来る人影がぼんやりと見えた。