坂道では自転車を降りて
 『次は。。。』車内のアナウンスが流れる。もうすぐ到着らしい。まどろんでいた俺は閉じていた目を開けた。車窓を眺めると降りる駅のホームが近づいて来た。何気なく彼女のいた方をみたが、デカい男達に隠れてしまっていて、茶色い頭だけが見えていた。そのとき、ブレーキをかけはじめた電車が揺れて、彼女がちらりと見えた。と、俺の頭は一気に覚醒した。

 ドアを向いた彼女の口は男の手で塞がれていた。男は彼女を背後から抱き締めるように立ち、もう一方の手で彼女の腕を押さえいているのか、彼女の腕が不自然に背中にまわっている。男がもう1人横に立ち、興奮した面持ちで彼女の顔を覗き込んでいた。手が彼女の胸元に差し込まれている。あきらかに共犯だ。俯いた彼女の表情は乱れて顔にかかった長い髪と男の掌に隠れてよく見えなかった。だが、悲しげに瞳を下げ、身体は強ばり震えているように見えた。背筋に悪寒が走った。見えない泣き顔が見えて、聞こえない悲鳴が聞こえた。

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