坂道では自転車を降りて

 これはもう、、そういう事なんだろうな。この子は神井に特別な感情を抱いているんだ。
「先輩にも言われてたんだ。気安く男子に触るなって。神井くん、別に怒ってなかったし、単に親切で言ってくれたんだと思うけど、何だろ、バツが悪いというか。怖くて。」
 こぼれそうな涙を抑えてがんばって笑った顔が、これ以上ないくらい切なくて。。。ああ、彼女は神井が好きなんだ。本当の恋をしたんだ。

「大野さん。」
気付いてないの?君たちは多分、もう両思いなのに。
「ありがとう。でも、本当に大したことじゃないの。」
大した事じゃなくないよ。大事な事だよ。
「神井は?いきなり避けられて、戸惑ってるんじゃないか?」
「あ、考えてなかった。そんなに変だったかな? でも、もう随分、普通に話できるようになったよ。そのうち平気になるよ。ちゃんと仕事も出来てるし。大丈夫。」

 相変わらず笑えるくらい鈍感だな。自分の気持ちにさえ気付いてないのか。本当に馬鹿な子だ。
「大丈夫って。。」
 あっちが大丈夫じゃないだろ。だから、ちゃんと向き合えよ。絶対上手く行くから。
 胸につかえた言葉は、結局、口からでることはなかった。この嵐が過ぎ去るのを待っていれば、もしかしたら、また醒めるのかもしれない。だったら、何もしない方が神井のためでもあるだろ?

「音楽室、空いてるかな。」
帰り支度を整え部室の扉を出ようとする彼女を誘う。
「ピアノ弾くの?」
俺の意図を察して、彼女は切なげな笑顔見せた。
「聞いてくれる?」
「いいの?」
いいに決まってるだろ。
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