坂道では自転車を降りて

 その日もやっぱり顔を出してしまった。いい感じで勉強してたら、他のヤツと約束してるとかなんとか言って、先に帰ろう。そう考えながら覗くと、彼女はいなかった。今日はなんか用があったのか。それともトイレにでも行ってるのか。考えながら様子を眺めていたら、1人が俺に気付いて声をかけて来た。

「さっき、後輩の子が呼びに来て、部室に連れて行かれたよ。」
「そうか。ありがとう。」
「最近、あの子よく来るけど、演劇部の子?」
「そうかもしれないけど、俺は分からないや。よく来るの?」
「ちょっとしつこくて、多恵、迷惑してるみたい。なんとかしてあげてよ。」
「わかった。」

 引退した3年を頻繁に尋ねるなんて、どういう事だろう。引退前の様子では彼女を引っ張りださねばならない事案があるとは思えない。
 演劇部の部室を覗くと、部員達は練習用の脚本を広げてはいたが、どう見ても遊んでいた。先輩になったばかりの2年。入部したばかりの1年。新鮮な気分で、新しい仲間と新しい自分を見つける。不安も多いが一番わくわくする時期でもある。一年前の自分たちを思い出して、気持ちが和んだ。
 彼等は俺の顔を見るとビビって遊ぶのを止めた。新人達は凍り付いている。そういえば、俺も2年上の先輩が顔を出したときは、なんとなく怖かったな。

「楽しそうだな。大野さん来てないか?」
「大野先輩ですか?来てませんよ。」
「教室で、後輩が呼びに来たって聞いたけど。」
「見てないよな?」
「来てないと思いますよ。」
「大野先輩って裏方の先輩?女性の?」
この子が噂の女の子か。小さくて人なつこい感じで、多恵とはずいぶん違うタイプだな。

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