坂道では自転車を降りて
彼女が俺の部屋へ来た日
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 夏休み。最悪な夢を見て寝覚めの悪い朝を迎えた。このところ気候が暑くて寝苦しい。昨夜は眠れなくて本を読んだ。長編を読むと受験勉強に差し支えるので、最近はもっぱら短編を読む。あまり読む事のなかったSFやファンタジーの面白さを知ったのは、彼女の影響だった。ファンタジーは童話か怪奇小説、SFといえばハリウッド映画かコスモスくらいに認識していた俺は、その物語や人間模様の深さに驚いてしまった。フランケンシュタインをただの怪奇小説だと思っていたのだ。大きな間違いだった。星新一なども、今読むと小学生の頃とはまた違う深さがある。でも、こんなのばかり読んでるから、彼女は真面目で世間知らずな割に、少々ブラックで、厭世的な感じがするんだろうか。

 だが、夕べ読んだ短編は最悪だった。山椒太夫の原作、さんせう太夫をベースにした短編だった。安寿姫に思いを寄せていた太夫の息子二郎と、成人した厨子王との再会。そして語られる安寿姫の最期。厨子王を逃がした後、入水しようとした彼女を手に入れるため、二郎は説得し連れ帰る。だが、彼女は弟を逃がした罪で無慈悲な三郎に折檻される。肉が裂ける程、枝で打たれ、真冬の海水を溺れる程に飲まされ、血を吐き、錐で躯に穴を開けられ、全ての爪を剥がれ、炭を置かれ、最後は火でジリジリとあぶられる。想像を絶する、見せしめのための拷問の果てに、一晩かけて死んでいった。二郎は弟を庇い続ける姉を許せず、ついに見殺しにしたのだと告白した。嫉妬なのか、それとも手に入らないものへの苛立ちなのか。愛憎とはかくも激しいものなのだろうか。一秒でも早くこと切れて欲しいと願いながら読んだ。

 民話は残虐な描写のあるものも多い。拷問が残虐であればある程、姉の献身が引きたつ。だが、安寿姫と彼女がダブり、現代に生きる俺にとっては、気持ち悪いことこの上ない。なのに、何故かその描写に魅入られる。苦痛に悶える彼女の肢体が、脳裏にチラついて離れない。その後、何本もほんわかした短編を読んだのに、強烈な負の印象を打ち消す事ができない。悶々としたまま眠りにつくと、そのまま夢を見てしまった。


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