坂道では自転車を降りて

 彼女は洗面所で手を洗い、顔を洗い、鏡に映してチェックする。口数は少ないが、もう泣いた後は見当たらない。髪を梳いて身なりを整えると、横で見ていた俺に控えめな笑顔を見せた。やっぱり、止めといた方がよかったかな。今日のは、彼女には早すぎただろうなと思う。思い出すとまた顔が緩む。また不安になって夜中に来たりしなきゃ良いけど。。途中で止めるのとどっちが良かったんだろう。

 玄関で彼女の足に絆創膏を貼ってやる。つま先にそっと口づけると、彼女は真っ赤になって、「もうっ!変態!」と言って、笑った。
「不安になったら、電話して。夜中でもいいから。勝手に来るなよ。」
「大丈夫だよ。もう叱られたくないもん。」
玄関に移動し靴を履いた。俺も一緒に出て自転車を引っ張りだす。

「ふぅ。」
自転車の荷台に荷物を下ろしながら、彼女がまたおおきくため息をついた。
「どうした?」
「ん。家に帰ると、お母さんがいるでしょ。」
「そうだな。」
「なんか、顔、合わせづらいな、と思って。」
「確かにな。」
「。。。。。」
「足、まだ痛い?」
「うーん。少し。」
少し、か。いつもの彼女なら、まだ痛くても『大丈夫』って言うだろう。凛とした視線で姿勢を正して笑顔で帰って行くはずだ。やっぱり俺が無理させてるんだろうなぁ。
「コンビニでも寄るか。」
「うん。」

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