なつの色、きみの声。
帰りのバスの中で、外を見ることもできずに俯いていた。
夏を、海を、怖いと思ったのはこれが初めてだ。
生きと同じように通路を挟んで座る大宮くんは、窓に頭を傾けて目を閉じていた。
合流したあとも、バスを待つ間も、大宮くんは何も言わなかった。
駅前のバス停で降りるとき、運転手さんに声をかけられた。
「気をつけて帰りなね」
「……ありがとう、ございます」
乗ったときは気付かなかったけれど、行きのバスと同じ人だった。
頭を下げて降車すると、大宮くんも欠伸を零しながら着いてくる。
電車を待つ間に、大宮くんはコンビニに入っていたけれど、わたしは追いかけずにベンチに座った。
いつもなら小腹の空く時間なのに、今日は何も食べる気が起きない。
このまま家に帰っても、夜ご飯が喉を通ることはないと思う。
少しして、コンビニから戻ってきた大宮くんが隣に座る。
パンパンに膨れたビニール袋の中身は、明らかにひとり分じゃない。
「何がいいかわかんねえから適当に買ってきた。食えよ」
「いらない」
ふい、と顔を逸らすと、大宮くんは黙ってわたしの膝にビニール袋を置いた。
ずっしりと重たいビニール袋の中には、おにぎりと菓子パンがいくつかと、お茶やゼリー飲料が入っている。
「買いすぎじゃない?」
「食いきれないから食べろ」
「……ありがとう」
大宮くんなりの優しさを受け取って、おにぎりをひとつ手に取る。
包装を破り一口かじると、少し塩辛い海苔が小気味よい音を立てた。
口の中がじわっと痺れ、無性に泣きたくなった。
「っ……」
最後の一口を飲み込み、瞬きをしたと同時に目からぬるい雫が落ちる。
なんで、泣くの。
どこに泣く理由があったの。
交わしたのは口約束ばかりで、確かなものはなかった。
それなのに、どうして今もまだ碧汰にとっての自分は特別だなんて思い込んでいたのだろう。
わたしは碧汰のことが好きだったけれど、それを伝えたことはないし、碧汰から同じ気持ちを聞いたこともない。
どうして、期待していたんだろう。
また会えたら、再会したら、わたしの気持ちと碧汰の気持ちは繋がっていて、ずっと望んでいた関係になれるかもしれないだなんて、勘違いをしていたんだろう。
漫画みたいな、ドラマみたいな、あの頃の『続き』があるんだって思ってた。
その続きはないんだって、決して埋まることのない溝がそこにあったんだって、気付かされた。
人の気持ちは縛れるものじゃない。
だって、離れてからの5年間は、碧汰だけを信じていられるほど、満たされた日々じゃなかった。
空っぽだったんだ、本当は。
空白だったんだ、いつも。
わたしが碧汰を想うから、そばにいるような気になっていただけで。
わたしと碧汰の間には、確かなものなんて、何もなかった。
「……っ、碧汰……」
伝えられなかった想いを持て余して、張り裂けそうなほどに膨らませて。
ここから続いていくと思っていたものは、ここで終わってしまう。
噛み締めた唇の隙間から漏れていく嗚咽を、一層唇を噛んで耐える。
「帰るぞ」
両手で顔を覆っていると、大宮くんが隣を立つ気配がした。
思考が暗い闇に沈む前に、力の入らない足を叱咤して立ち上がる。
涙を残したまま、大宮くんを見ると、頭にぽんっと手のひらが乗った。
少し乱暴に掻き回されて、すぐに離れていく。
同時に、顔にばさりと押し付けられたのは忘れていたカーディガン。
薄い布地に涙を吸わせて、大宮くんの後を追いかけた。