なつの色、きみの声。





「田上さん、昨日は急なお願いだったのにありがとうございました」


やつれ顔で小さなコンテナに腰かける田上さんに昨日のお礼を伝える。

声に反応して、項垂れていた頭を上げる田上さんはどこか遠い目をしていた。

別のバイトの人に、昨日はやたらと客足がよくて店内も厨房もてんてこ舞いだったと聞いた。

体力自慢の田上さんが一日でこうなるくらいだ。

田上さんはホールも厨房もこなすから、きっと人一倍大変だったのだろう。

その苦労に申し訳なさもあって、頭を下げる。


「あー……いいよ、いいよ。相模はいい子だな。天斗なんか一言だぞ。いや、いいんだけどさ、それでも」


今日もそれなりに忙しく、わたしも仕込みの食材を取りに来たところだ。

料理を運ぶ大宮くんの姿がちらりと見えて、田上さんはじとりと目を細めた。

いつもはおどけた調子で大宮くんに絡むのに、今日は何かが引っかかるらしい。

腑に落ちないといった顔をしながら、またがっくりと項垂れる田上さんに、ポケットに入れていた飴を差し出す。


「これ食べて、少し休んでいてください」


休憩時間でもないのに田上さんがここにいるのは、あまりにもふらふらと青い顔をしていて、わたしが引っ張ってきたから。

田上さんは飴を受け取ると、すぐに袋を破った。


「ありがとうな。相模は本当にいい子だ。あいつと違って」
「田上さん……目が、怖いです」


その後は人に呼ばれたこともあり、わたしは先に厨房に戻った。

飴を食べ終えて戻ってきた田上さんはやっぱりぐったりとしていて、いつもの覇気がない。


バイトが終わるころには少し顔色が晴れていて、着替えて裏口から出るなり大宮くんにぶつかっていく。

肩に軽くぶつかった程度だけれど、反射なのか不快だったのか、大宮くんがぐわっと田上さんの頭を鷲掴みにする。

そのまま振り払おうとするのを見て、慌てて田上さんを支えた。


「大宮くん、離して」


どちらの肩を持っても機嫌を損ねてしまいそうで、淡々と伝えると、大宮くんは素直に手を離した。

わたしと田上さんを睨みつけて、早足で去っていく。

あの様子だと、この先で待っていてくれることはないと思う。


「あー、くそ。悪いな相模。今日は俺が送る」


ガシガシと髪をかき回して、田上さんが苦い顔をする。

田上さんは悪くないですよ、とフォローを入れてから、送るという申し出は断る。


「大宮くんがいないときはひとりだし、大丈夫ですよ」
「そうか? いやでも、さっきのは俺も悪いしな」
「大丈夫ですって」


受験生の貴重な時間を使わせるわけにはいかない。

毎日バイトが終わると一番に駆け出して帰るのも、勉強時間を確保するためだと聞いたことがある。

しばらく考え込む素振りを見せていた田上さんは、パンっと目の前で手を合わせて、頭を下げた。


「悪い! 本当に気をつけてな。何かあったら叫ぶこと」
「はい、わかりました」
「それと、天斗のことは俺も気にしすぎてた。礼なら昨日電話で聞いてたし、もういいよ」


田上さんが本気で怒っていないことはわかっていた。

それでも大宮くんの不遜な態度はムカつくよな、と言う田上さんに今だけは同意して、帰路に着く。


もしかしたら大宮くんに追いつけるかもしれないと小走りをするけれど、家が近くなっても大宮くんの姿は見かけなかった。


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