なつの色、きみの声。
アパートの階段を上ったところで、ふと、バイトが終わったあとはいつも連絡がないか見ているスマホのチェックを忘れていることに気付いて、家に入る前に確認をする。
20分ほど前に、一件メッセージが入っていた。
碧汰、と相手の名前を見てドキッとする。
『海琴、今日はバイト? もう終わった?』
『昨日聞くのを忘れてたんだけど、忙しい時間があれば教えてくれたら、なるべく避けて連絡する』
昨日の今日で、碧汰から連絡が来たことが嬉しい反面、少し気持ちを落ち着かせるための時間がほしいとも思う。
でもそれをどう伝えたらいいかわからない。
『バイトは21時まで。気付いたときに返信するから、いつでも大丈夫だよ』
きっと数分後には届く返信を待たずに家に入ると、いつも通りの夕飯のいい香りが漂ってくる。
着替えを済ませて、たわいのない話をしながらご飯を食べている最中、ふとお母さんが箸を止める。
「海琴、何かいいことでもあった?」
「えっ、何もないよ」
「そう? いつもと違う気がして」
さすがの観察眼、というかわたしがわかりやすいのか、顔に出しているつもりはないのに。
「明日、バイトが休みだから何しようかなって考えてたの」
お母さんの様子を見ている限り、おじいちゃんはまだ連絡をしていないのだと思う。
手紙は届いていたけれど、5年も音沙汰のなかったおじいちゃんから連絡が来たら、少なからずお母さんも態度に出るだろうから。
変化がないことが、その証明になっていた。
隠し事があると、それだけで後ろめたい気持ちでいっぱいになる。
ほんの些細な変化にも気付くお母さんだ。
色々と考え込んでいると、また指摘されてしまう。
急いでご飯を食べ終えて、先にお風呂に入らせてもらう。
熱いシャワーを浴びても、気分はどんよりと重くなっていく。
頭も痛いような気がして、部屋に戻るとすぐに布団に倒れ込む。
また胸をぎゅうっと締め付けるような心苦しさがあって、スマホを手に取り、連絡先の一覧を開く。
碧汰からのメッセージは一旦、見なかったことにした。
お母さん、おじいちゃん、美衣、大宮くん、クラスメイトが数人、バイト先の人たち。
それから、碧汰。
この中の誰に、言えるだろうか。
このどうしようもない気持ちを。
お母さんのいる居間から物音がして、誰かに電話をかけるわけにもいかないと気付き、スマホの電源を落とした。
薄い布団に潜り込むと、暑いはずなのに背筋がゾワゾワとして寒気を感じる。
背中を丸めて小さく息をしていると、いつの間にか眠ってしまっていた。