なつの色、きみの声。


『海琴、もういいよ。喋るのきつかったらおれが話そうか』


わたしが心細さから電話をかけたことを見透かしたように、優しい声が届く。

つい気が緩みそうになって、その前に気になっていたことを口にする。


「いいの?」
『何が?』
「……美奈希さん、一緒にいたんでしょ」


彼女よりわたしを優先してはいけないと思う。

でもそれを、半端な気持ちで口にしたことをすぐに後悔した。


「っ、やっぱり、いかないで」


碧汰の返事を待つよりも早く、本心が零れる。


そばにいて、離れないで。

それは、どうしたって叶わないから。

せめて、声を聞かせていて。


『行かないよ』


頭や体の芯が茹だるほどの熱を持っていて、呼吸も乱れる。

悪寒のする体を、碧汰の声が清らかな水のように耳から流れ込んで満たしていく。


「ほんと?」
『嘘なんか言わない。海琴と離れて、おれが平気だったと思ってる?』
「……わかんない。だって、わたしはずっと、碧汰のことを知らない」


体調不良の心細さだけじゃない。

碧汰との再会を喜んでも、会えなかった数年間の溝は深淵のように深く、暗い。


わたしにとって、碧汰は誰にも代えられない大切な人。

けれど、碧汰にとってのわたしがそうであるとは思えない。


わたしはそんなに価値のある人間じゃないから。

価値とか、そんなことを口にしたら碧汰はすごく怒ると思う。

決して口にはしないと決めていたのに、こんなときだからか、決意も我慢もすぐに崩れていく。


「碧汰も、わたしと同じだったらいいのにっていつも思ってるよ」


離れた距離がもどかしくて、記憶の中にある面影を夢に見て、届かない手を虚空に伸ばしてみて、碧汰のいない日々が、寂しくて。

そんな毎日を碧汰も過ごしていてほしいだなんて、最低なことをずっと願っていた。

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