なつの色、きみの声。


胸が震えて、この気持ちを丸ごと伝えられたら、どんなにいいだろうって、震える手を握りしめる。

五年前よりも、この間よりも、昨日よりも大きな気持ちを抱くわたしに、碧汰は意を決したように口を開く。


「おれも……海琴のことが、好きだった」


好き……だった。

喜びと、悲しみが同時に、どんと胸に落ちてくる。


「今は、美奈希と付き合ってる」
「……うん」
「だから、海琴と同じ気持ちではいられない」


ごめんって言葉を使わないのが碧汰の優しさ。

今も絶え間なく溢れるわたしの好きと、もう止まってしまった碧汰のわたしへの想いは、どうしたって交わらない。


美奈希さんがどんな人なのか、碧汰とどんな出会いをして、どんな風に過ごして、どこを好きになったのかなんて、知りたくない。

碧汰が好きになった人。

碧汰と付き合っている女の子。

きっと、碧汰を大切に想ってくれていると信じたい。


「海琴が、おれの、初恋だった」
「……う、ん」
「それは、変わらないから」


碧汰の声も、苦しそうだ。

もうとっくに目を見ていられなくて、俯いてしまって、ぽたぽたと涙が落ちる。


わかっていたことなんだから、泣くな。

わたしの独りよがりだと思っていたのに、碧汰も好きだったって言ってくれたんだから、それで十分でしょう。


勝手に碧汰との未来を夢見て、いつか再会したら、現実になるんだって思ってた。

それなのに、こんなに好きで、こんなに苦しくて。


「……っ、なんで」


言っちゃだめ。

泣くだけならまだ許される。

でもこれを口にしたら、取り返しがつかない。


「なんで、わたしじゃだめなの」


零したら後悔するとわかっているのに、どうして止まれないの。

誰も、誰の代わりにもならないってわかっているのに。


「わたしの方が、好きなのに、なんで」
「海琴がだめなんじゃないよ」
「だったらなんで!」


なんで、どうして。

わたしじゃだめなの。

美奈希さんじゃなきゃだめなの。


碧汰がどんな風に感じるかなんて考えもせずに、声を荒らげる。

たまらずに振り上げた手を碧汰の肩にぶつけた。

碧汰は何も言わずに受け止めて、その後も数度、肩に拳をぶつける。


「なあ、海琴。会いに来てくれたことも、元気でいてくれたことも、好きだって言ってくれたことも、おれは全部、嬉しいよ」


ゆっくりと、言い聞かせるように碧汰が優しく囁く。

碧汰は遠慮がちにわたしの肩に触れて、そっと距離を取った。


「海琴にそんな顔をさせたいわけじゃない。おれがいて、辛い思いをするなら、もう会わないようにしよう」


薄情なことを言っているようで、わたしのためを思ってのことだと痛いほど伝わってくる。

会えば辛いだけだと、きっと碧汰はそう答えを出したんだ。


「送るから……帰ろう」


これ以上、ここにはいない方がいいと暗に言われている。


碧汰に言われなくても、わたしだってここから逃げ出したい。

この気持ちを失くして、今すぐにまっさらなわたしになりたい。


『ずっと、こっちにいられたらいいのにな』


あの頃の願いはもう、碧汰の中にはないの?

帰る場所は確かに違うけれど、時間をかけたら会いに行けると証明して、それでもだめなの?


今ここで、わたしに何ができるか。

何をすれば、碧汰を引き止められる?


< 39 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop