なつの色、きみの声。
立ち上がろうとする碧汰の服の袖を掴む。
馬鹿なことを考えないでって、わたしの中のいい子な部分が止めてくれるのも構わずに、思い切り掴んだ袖を引いた。
「う、わっ!」
正面にあるテーブルとわたしを咄嗟に避けて、ベッドの方に倒れる碧汰を追いかける。
碧汰の上に上体を重ねると、戸惑ったように名前を呼ばれた。
頬に感じる碧汰の鼓動に、目を閉じる。
ほんの一瞬のことだった。
きっとすぐに碧汰に引き離されてしまうだろうって思って。
刹那、ズルい考えが浮かぶ。
たとえば、わたしが無知な子どもだったら絶対に思いつかないこと。
このまま、碧汰を奪われてしまうくらいなら、いっそ。
後先なんて考えずに、顔を上げる。
呆然と目を丸くする碧汰の唇に、自分の唇を重ねた。
「っ……」
なぜか覚えのある感覚に、ああ、と思い出す。
碧汰に会った最後の夜の、初めてのキスのこと。
「海琴!」
たったの数秒、触れ合って、碧汰はわたしの肩を強く押した。
「……ごめんね」
碧汰が言わなかった謝罪を、わたしはあっさりと口にしてしまう。
空っぽだった。
それしか言葉が出てこなかった。
もう涙は出てこなくて、碧汰を見るとその目はひどく悲しげだった。
わたしが、碧汰にこんな顔をさせてしまった。
「帰る、ね」
「……ああ」
ふらつきながら立ち上がって、部屋を出ていく前に一度だけ振り向く。
引き止める気なんてまるでないように脱力しているのに、目だけは何かを訴えるようで。
もしも、美奈希さんがいなければ。
そんなことが頭を過ぎって、霧のように散る。
「碧汰は、わたしのこと、好きだった?」
どうか、もう一度だけ、聞かせてほしい。
この恋がわたしだけのものではなかったと。
「好きだった。海琴が初恋でよかった」
耳に心地よく響く低音に、泣きそうになる。
様々な感情がぐちゃぐちゃに渦巻く中、最後に零れた一粒だけは、夏の海のように澄んだ綺麗な色であったと思う。
背を向けて、今度こそ部屋を出ていくわたしを、碧汰は追って来なかった。