有害なる独身貴族


 散々泣いてしまったうえに、アイメイクなどしていたものだから、涙を拭った私の指に黒っぽいアイシャドウがついてしまった。
……ってことは今、目元は大変な事になっているんだよね。

しかも、忙しい時間に抜けた上に、店長まで付きあわせてしまっていた。

その事実に気づいて、私は慌てて顔をあげた。


「す、すみません、仕事中だったのに。戻らないと。私、顔直してから行くので、片倉さん先に行って下さい」

「大丈夫だよ。困ったときに頼りにならないような奴らは雇ってない」


片倉さんは私の肩を抱き、裏口から中へ入る。

一瞬、皆の視線がこっちを向いたけど、すぐに何事もなかったような顔でいつもどおりに動き出した。


「つぐみはしばらく休憩してろ」


片倉さんは私を事務所に押し込むと、さっさと戻っていってしまう。
でもでも、と扉の隙間から見ていたら、上田くんが片倉さんに突っかかっていくのが見えた。

そうだよね。
素知らぬ振りはしてくれてるけど、皆何があったか心配しているよね。


「早く戻らなきゃ」


鞄から鏡を出して目元を直し、「いらっしゃいませ」を何度か声に出してみる。
ようやくマトモな声になってきたなと思った時には既に十分ほど経っていて、私は申し訳ない気持ちで事務所を出る。


すると、すぐに数家さんが近づいてきた。


「房野、三番テーブル、下げてきて」

「え?」

「今帰られたところだから、早くね」

「……はい!」


普通に仕事を与えられて、安心してテーブルに向かう。

その後も、数家さんは絶妙なタイミングで私に配膳や片付けの指示を出してくれた。

お客様への対応は敢えて自分で引き受け、話さなくても済む仕事を私の方に振ってくれる。
そこそこ込み入った状況でそれが出来る数家さんを尊敬するし、救われた気分にもなった。

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