有害なる独身貴族
「さっきのは、嘘じゃないぞ」
「え?」
「俺は全部欲しい。小さいころから今までのつぐみの想い出も、今のお前自身も。親が要らないって言うなら、俺が全部貰う」
視界の中の片倉さんがぼやけていく。彼は私を見上げながら、優しく問いかけた。
「お前をあの父親の戸籍に入れておきたくない。……気が早いかも知れないが、つぐみがイヤじゃなければ、結婚しないか?」
頭の先から足の先まで、片倉さんの言葉が浸透していく。
お父さんのひどい言葉には、涙なんて出なかったのに。
不思議だね、優しい言葉にはこんなにも涙もろくなる。
「わ、私で、いいんですか」
「つぐみがいい」
しゃくりあげながら、私は彼の首にギュッとしがみついた。
「辛かったこと、諦めてきたこと、全部話せ。もう笑えなくなるほど我慢しなくていいんだ」
「ふ、えっ」
彼の言葉に何度も頷きながら、自分の中にあったモヤモヤした悪意が全て昇華していくのを感じた。
ひとりでもいいんだ。
誰かに自分を認めてもらえたら、それで人って生きていける。
やがて彼は私をゆっくりを下ろした。
「すまん、手がしびれた」とブンブン腕を振ったあと、涙を拭うように頬に、そして唇にキスをしてくれた。
「悪いな、勢いで話してるから指輪も無い」
「そんなの要らないです」
言葉だけで十分だ。こんな風に受け入れてもらえるだけで救われた気持ちになる。
片倉さんは白の調理服のポケットから輪ゴムを取り出した。
「今度の休み、一緒に買いに行こうか」
三重巻になった輪ゴムが私の指を彩る。
「それまで代わりだ。超安物だが」
ねじれて、意外と可愛く薬指に収まった輪ゴム。
見ていたらおかしくなってきて、ひとしきり笑ったあと、大きく息を吸って彼の胸に頭をのせる。
「……嬉しいです」
頭を優しく撫でてくれる片倉さんの手。
温かくて、これ以上ないほど幸せだ。
どれだけ他の人にけなされても、私はきっと生きていける。
この人が、何人分もの愛情を、私にくれるから。