有害なる独身貴族
最初は熱いのかゆっくりだった手が、徐々に早くなっていく。
そういえばおばあちゃんもよく鍋をつくってくれたなと思い出して、脳裏に三人で暮らした頃がよぎった。
「……誰にも言ったことなかったけど、おじいちゃんたちと暮らし始める前、自殺未遂をしたことがあるの」
おじいちゃんの箸が止まる。
眉を潜め、信じられないものを見るように私を見つめる。
「お父さんにもお母さんにもいらない子なら、生きてても仕方ないって思った。……でも私、死ねなかった。片倉さんは、その時、『生きなよ』って言ってくれた人なの。その時限りの、通りすがりの人だよ。でも私、忘れられなかった。仕事はじめてから、雑誌で彼をこのお店の店長として見つけた時、一も二もなく会いたいって思ったの」
おじいちゃんの手が震えて、箸に引っかかっていた白菜が小皿の上にポトリと落ちる。
「ごめんね。それをちゃんと説明すれば、おばあちゃんだって納得してくれたかも知れないのに。私、ずっとおじいちゃんたちに遠慮ばかりして言えなかった」
「……じゃあどうして今は言えるようになったんだ?」
意外なことを聞かれて、一瞬口ごもって考える。
そういえばどうしてだろう。
今は、前よりずっと自分の気持ちが言えるようになった気がする。
「なんか甘やかされなれたっていうか、……言ったほうが片倉さん喜ぶから?」
途中から恥ずかしいことを言ってるなと思ったら、奥から橙次さんが出てくる。
「そろそろ締めだろ。うどんとご飯どっちがいいです?」
おじいちゃんは、一瞬泣きそうな顔をして、つっけんどんに「米だ」と告げる。
そして、落ちた白菜を再び口へと運んだ。