有害なる独身貴族
中に入ってすぐ、扉についた指紋が目についた。
あ、入り口の内側の扉拭かなきゃ。
床のモップがけもまだだし、レジカウンターのところも掃除してない。
後はトイレだよ。これが汚いと最悪だから。
「店長、もう離してください。私掃除しないと」
「いいからまずは温まれ、外掃除にどんだけ時間かけてるんだよ」
「でも茜さんもいらっしゃるし邪魔かなって」
「邪魔なわけねぇだろ。茜とお前、ちゃんと知り合いだろうが。一緒に入ってくるかと思いきゃ、いつまで待っても入ってこねぇってどういうことだよ」
そんなこと言われても。
こっちは気を使ったつもりなのに、なんで私怒られなきゃならないの。
「座れ」
「でも掃除」
「いいから、ちょっと休め」
そう言って厨房に向かった店長は、やがて湯気の上がった湯のみを持って戻ってくる。
「体調だけは気をつけろ。一人暮らしだろ?」
「はぁい」
コトンと置かれたほうじ茶。
香ばしくて美味しくて、体の隅々まであたたまる。
さっきまでのひねくれたような気持ちも、なんだか温かさで解けてきたみたい。
全部飲み干して、元気よく立ち上がる。
「温まりました! ごちそうさまでした。では掃除再開します」
「ん」
湯のみを受け取り、店長は厨房へと向かう。
夜の分の仕込みで本当なら忙しい時間だ。
余計な手間をかけさせてしまったな、なんて、ちょっとだけ反省してみたりして。