蒼いパフュームの雑音
京果さんとの夜は想像通りの結末で、お店を出たら、すっかり日が登っていた。

それから一週間。

素人なりの努力をした。
美容院でトリートメントをしたり、ネイルのケアをしたり。

ちゃんと女を意識したのはいつぶりだろう。
ちゃんとメンテナンスすると、気分も上がる。



撮影の日。

集合時間は夜中1時。
京果さんが迎えに来たのは1時より少し過ぎた時間で、車の窓から咲良が顔を出した。

「紅、おはよー!寝た?」
「寝てない。寝れないよ。」
「だよね。現場まで少しあるから良ければ仮眠すれば?」
「うん、ありがとう。」

咲良の他に、カメラマンとアシスタント、京果さんのアシスタントと乗っていて、撮影が比較的大掛かりなことがわかった。


私はまだ暗い窓の外を眺めてた。
すると咲良が、
「はいっ」

そう言って缶ビールを渡して来た。

「え?これから撮影でしょ?」
「大丈夫。京果ちゃんがね、今日はリラックスして撮りたいから紅は飲んで良いんだって。」

「あんまり飲み過ぎないでね。」

助手席から顔を覗かせて京果さんが言った。



二時間くらい走っただろうか。
車は千葉のとある海岸に着いた。

ロケバスの中で、咲良にヘアメイクをしてもらい、京果さんが用意した麻のドレスに着替えた。



遠くの空が白じんで来ていた。
海の端から、ピンク色に染まる夜空が綺麗だった。

「過酷な時間でごめんね。この景色と撮りたかったの。」

そう言って渡されたのは、憧れのルブタンのハイヒールだった。

自然と背筋が伸びて、いい女になった気分だ。




砂浜にビジューの付いたルブタンのヒールが埋もれる。

眠さと潮風、波の音とシャッター音で、今が幻のような感覚に襲われた。




冷たい波しぶきが時折頬を撫でて、夏は終わったんだと、教えてくれた。

潮の匂いが身体をまとって、ドレスの裾が絡まった。



砂の色と海の青。

切なさともどかしさ。

憎しみと愛情。




オレンジの朝日が髪を染める頃、空はすっかり朝の顔をしていた。

頭の片隅で、柊とキスした砂浜を思い出した。






数回衣装とヘアメイクを変えて、撮影は3時間程で終わった。

朝、近くの海の見えるカフェで、仮撮りしたポラロイド写真を見ながら朝ごはんを食べた。


私じゃないみたい。


「何か夢のような時間でした!」
「ふふ、そう?紅ちゃん、いい顔してたよー。悩んだり、苦しんでる時の女って、独特の表情するのよね。」
「ホント、ホント!ズブの素人があの表情するとは思わなかったわー!さすが京果ちゃん。さすがあたし!」

朝から女子会のノリで、咲良はパンケーキにクリームをどっさり乗せた。

「一週間くらいで作品出来ると思うから
、良ければショップに遊びに来て?」


京果さんは表参道の青山通り沿いに、事務所を兼ねたアパレルショップをつい最近オープンさせた。

まだ行った事は無いけど、京果さんデザインの服や、イギリスやフランスで買い付けたセンスの良い一点物が揃ってて、rosé rougeのバンド色はほとんど無いらしく、言わないとわからないと未奈が言ってた。


「はいっ。是非お邪魔させて下さい!」



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