蒼いパフュームの雑音
ライブまでの三ヶ月。
目的のできた日々は、それなりに色付いて見えて、繰り返しで退屈な昨日とは時間の流れ方が変わったかのようだった。
あれから毎日、ライブに向けての興奮したメッセージが未奈から送られてくる。
『メンバーの泊まってるホテルがわかった』とか
『連泊して観光しない?』とか。
そして、沢山のメッセージの中に柊からのメッセージが埋もれていた。
『金曜日、目黒でワンマンライブあるからたまにはおいでよー』
(金曜、って今日じゃん。)
急な誘いだと思っていたのは私だけで、メッセージが届いたのは月曜の事だった。
ふうっと一息ついて、かけ慣れた番号に電話をかけた。
「あ、店長?今日休みまーす。罰金、了解でーす。」
電話先の店長が何か言いかけたが、直ぐに通話を切った。
来週からrosé rougeのライブで大阪に行くし、ライブ自体久しぶりだったので柊にも顔を出すとメッセージをした。
目黒。
駅を降りて、坂を下って少し行くとライブハウスがある。
老舗ライブハウス。
色んな有名なバンドがここから産まれた。
rosé rougeもそんなバンドの一つだ。
私が高校生の時は、たまにシークレットライブなんかをここでやっていたが、世界デビューした今は、もう帰ってくる事はないだろう。
ライブハウス入り口には『cobalt Air(コバルトエアー)』の文字。
cobalt Airは柊のバンド。
結成からはまだそんなに経ってはいないが、ドラムの要と柊は20代前半で1度デビューしている。
映画やドラマのタイアップや、一万人規模のホールでライブを行う程人気があったが、要のわがままと気性の荒さからすぐにバンドは解散。
要と柊だけが残り、インディーズからやり直しているとゆう話だ。
エントランスの周りには、ちらほらファンの女の子達が集まって来ている。
エントランスの階段を降りると、すぐに受け付けのスタッフがいた。
名前を言ってパスを貰う。
チケットくらい買えば良いけど、いつも奢ってばっかりだから、こんな時くらいパスを頂いている。
でも、差し入れ持って来てるからあんまり意味はないんだけど。
さらに 階段を降りると、ステージのあるフロア。
中ではリハーサル中なのか大きな音がする。
もう一つ階段を下ると楽屋のある階。
私、この場所が好き。
階段降りると直ぐにベンチがあって、そこに座って、忙しく楽器を運ぶメンバーやスタッフをぼーっと眺めてるのだ。
楽屋に顔を出す前にベンチに座り込んでいたので、私を見つけた柊がスルリと隣に座った。
「楽屋顔出してよ。来てたんだ?」
「あ、うん。」
そう言って、ビニール袋に入った栄養ドリンクやビールを渡した。
「お、ありがとっ。」
膨らんだビニール袋を持って、柊は楽屋の中へ入って行くと、彼と入れ違いにヘアメイクの咲良が出てきた。
私と目が合うと、嬉しそうに近寄って来た。
「べーにぃー!久しぶりじゃない!てゆーか、珍しいっ!あんたがライブに来るなんて!」
咲良とは近所のバー、rapace(ラパーチェ)で会った。
容姿端麗で、男のクセに華奢で、指先まで気を使っているのが印象的だった。
そんな咲良は人懐っこく私に話しかけてきた。
第一声が、
「同じ匂いするぅー!!!」
会話をしていると、音楽やインテリア、洋服の好み、雑誌の好みがまるで一緒。
また、rosé rougeのファンだってことがわかり、完璧に意気投合した。
そして、そのバンドの後輩でもあるcobalt Airのヘアメイクをやっているって事を教えてくれた。
ついでに、自分はバイセクシャルだって事も、ご丁寧に教えてくれた。
「絶対、コバルトエアー好きだと思うわ!今度ライブにおいでよ!メンバーも紹介するわ!」
半ば強引に誘われたライブから早6年。
これが、インディーズでそこそこ人気のあるこのバンドと咲良、柊との出会いだ。
ま、柊と今の様な関係になったのはもう少し後だけどね。
久々の再会にキャピキャピしていると階段の上から折れそうなピンヒールの足がテンポ良く降りてきた。
「おつかれさまですぅー。」
甘い声でメンバーやスタッフに挨拶し、ムスクの香りを残しながら楽屋へ入って行った。
「あの子の香水のセンス嫌いだわぁー。自己主張強すぎっ」
眉間にシワを寄せて、手のひらを鼻の前で扇ぎながら、咲良は楽屋へ戻って行った。