美しいだけの恋じゃない
その翌年度、辞めてしまった方の代わりに田中さんが今の部署に配属になり、案の定最初の頃は師岡さんにあれこれ言われたらしいのだけれど、その時の教育係はすでに別の人に変わっていたし、師岡さんに教えを請う義務はないと、田中さんは彼女をスルーして他の先輩や上司の指示に従っていたらしい。


仕事の流れと業務内容はすぐに頭に入り、師岡さんに突っ込まれるようなミスを犯す事もなく、結局絡まれたのは異動後数ヶ月の間だけだったようだ。


「師岡さんて見るからにか弱そうな相手にしか強く出られないから。私は「それは違うんじゃないかしら?」って事は、一応下手に出つつではあるけど言い返してたからね。そんできっちりとした回答ができなくて、そのうちちょっかいをかけて来る事もなくなったよ。他人には厳しいけど、自分自身の実務能力はさほどじゃないから、あの人」


田中さんは苦笑いを浮かべながら解説していた。


「十何年も同じ仕事やってんのにさ。もう出来上がってるフォーマットに数字を打ち込むだけなのに、見積書作るのに何時間かけてんだよ?って感じだし。だから新入社員をターゲットにするしかなかったんでしょうね。右も左も分からない時期で先輩の能力を見極める事なんかできないし、そもそもその事実に気付いたとして楯突いたりなんかできる訳ないもんね」


そこで『ふー』と深いため息を吐いた後、田中さんは続けた。
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