柴犬主任の可愛い人
「熱も下がっていると看護師さんが言っていましたし、もう大丈夫ですね」
どうやら、こんな朝から来てくれたのは、心配はしているけど、他の人とかち合わない時間帯を考えてのことみたいで。昨日のうちの家族のこのザマ加減できっと引いちゃったんだろう。
「色々と、本当にありがとうございました」
「いいえ。ゴールデンウィークが潰れてしまうのは残念だけど、お大事に。会社のことは――そうですね。休み明けに電話一本してください。他は任せて」
「はい」
「ご無事でなりよりでした」
「柴主任の、おかげで……ぁっ」
ありがとうと言う前に、被ってたパーカーを剥ぎ取られてしまう。
もう帰るらしい柴主任のものだからそれは当然のことだけど、朝日を浴びるピチピチじゃないテカテカの顔を出すのはやはり耐え難かった。
両手で顔を覆って指の隙間から視界を確保すると、今日の私服もとてもラフな、胸ポケット部分がグレーの別布で飾られた、ボタンもそこと同系色でちょっと私好みの白のシャツ。その上に、今まで借りていたネイビーのパーカーを羽織り、緩めのジーンズ姿で立つ姿は、相変わらずどこぞの大学院生みたいだ。
欠伸する柴主任は、今日も予定はないんだろうか。……それとも、私のせいで潰れちゃった?
訊ねられずに悶々としていたら、帰って寝ますと言う柴主任は声のあと、何故かこちらに手を伸ばしてきた。もう椅子には座らず、少しだけ、身を屈めて。
「髪が、乱れすぎていますね。青葉さんは寝相がとても悪いらしい」
「……柴主任がパーカーを無理矢理引ったくるから……」
「僕のものですよ」
言葉のやりとりをしながらも、柴主任が私の乱れた前髪を梳いていく。だからっ、汗とかテカりとかがっ……なんてことは気にも留めないらしい。
どうしても近くなる距離に目を閉じると、閉じた視界のぶん鋭敏になった嗅覚が働きだした。
どこかで経験したけど思い出せない香りがする。その正体を知りたくて、私は問うてしまう。
「柴主任って、昨日助けに来てくれたときも、お風呂上がりでしたか?」
と。