柴犬主任の可愛い人
――……
「はあっ!? 売ったっておまっ」
「需要と供給のタイミングが運命のように合致してたから」
「シバケン……」
「柴くん、本当にもう売っちゃったの?」
「売ったよ」
「で、もう引っ越したと」
「先週ね」
「今どこに住んでんだ」
「前より伊呂波に近いかな。今度遊びに来てよ。前より狭いけど」
「……ローン、大丈夫なのか?」
「立地はいいとこだったし、状態も悪くなかったから、プラスはさすがにないけど、そんなに損なく売れた。安心して」
伊呂波に到着して席に着いてビールで乾杯する。お浸しを一口食べて、今日はあまり食欲がないから、どうやってそれを誤魔化そうかとしてたところ、柴主任は報告があるといって、自宅マンションの売却を発表した。
亮さんは呆れ半分だったけど、現実的問題のローンとか訊くのはさすがだ。組んだことないから私にそんな発想はない。
華さんは、前に自分が言った一言で柴主任がマンション売っちゃったと多大に責任を感じている最中で、どうしようごめんなさいと柴主任に謝っていて。そんなところ初めて見た。
「支倉のせいじゃないって」
「でも……」
「前から考えてたんだよ。あれが原因で一生独身貫くつもりはないし、僕みたいのと結婚してくれる人がいたとしたら、嫌な気持ちになるようなことは、僅かでも排除したいなって思ったんだ」
結婚、してくれる人……柴主任の華さんへの言葉に、まだお見合いのことは話してないんだと理解する。どうしてだろう。過去に心配かけたから慎重なのかな。
私は、三人のやりとりに口を挟むことは出来なくて、ただただ、いつも通りを演じながら、自分が伊呂波のカウンターに座っているのだということに意識を集中させて、
羨んだ。その誰かを。
僅かな憂いさえも取り除こうと柴主任にさせた、お見合い相手の女の人を。
そんなに、素敵な人だったんだ。いつ会ったのかな。
どうか幸せになってなんて、どうしてもまだ思えなかった私は、
そろそろ潮時なのだと決意する。