柴犬主任の可愛い人
 
 
あ、口滑っちゃったよ。なんて言いながら舌をぺろりと出してみても、広瀬なんぞ可愛くもなんともない。


十中八九、汐里の計画だ。盲腸以来、汐里には柴主任とのことをちゃんと話している。というか、月に一度の報告会が義務づけられてるんだけど。


柴主任のお見合いと、その後の順調そうな具合を知ってから、汐里はもう次にいけとやたら急かす。


忘れるよ。こんな想いは……


一見普通に過ごしながら、いずれ薄れていくのを気長に待つ私に、汐里は否定的だ。


そりゃあ、柴主任のことを考えては沈んでたり、望みもないのに姿を見るだけで今もときめいていては、そりゃあいったいいつまでって、なる。私の恋愛脳は、最近とても芳しくない。


簡易合コンを仕組まれても腹が立たないのは、私のことを考えてくれてるのをひしと感じるから。そういうものに、飲み込まれてみたいという願望も、あるのかもしれない。はしたないことだ。ハーレムチックなのはどうにも気が引けてしょうがないけど。


「大丈夫だ。連れは気に入らなかったら帰らせるから」


「……」


これでどうこうなるつもりはないけど、ちょっと違う風を吹き込んでみるのはいい気分転換になる。聞けば、汐里と広瀬が付き合うきっかけになった飲み会にもいたメンバーらしいし。確か悪い人はいなかった気がする。


「嫌だったら断るようにと、仰せつかってもいる」


私に優しいんじゃなくて、汐里が望むようにと、汐里を優先する広瀬は、わりと馬鹿だ。汐里が百本の薔薇が欲しいと言えば、例えそれが棘つきだろうと、両の手のひらを傷めてでも勇んで運んでくるんだろうな。


その光景は、今の私には少し羨ましくて残酷で、親友が照れ隠しに広瀬に悪態をつくのを見ると、とてもとても羨ましくて、いつか私もと、弱ってなんていられなくなる。


勝手に飴と鞭を享受させていただくのも悪いから、今日のところは感謝の気持ちを、計七人分の酒代で示そう。


「広瀬の友達、何が好きか知らないからちゃんと選んでよね」


「任しとけ」


「遠慮はするな。小金ならある」


小金かよとクレームを入れようとする広瀬を遮るタイミングで、エレベーターはやっと扉を開いた。


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