柴犬主任の可愛い人
誰も乗っていなかった箱に素早く乗り込んだ。操作盤の前に立つと、何故かまだ外で棒立ちする広瀬がいて声をかける。
「広瀬。早く」
「……」
ついさっきまで面白おかしく話してたのに、広瀬は何故か首だけを左横を向けて、凝視したまま動かない。そっちは私のいる操作盤の前からは視認出来ず、外で何が起きているのかは不明。不思議そうな顔をしている広瀬を見て、何かそんなようなものか人があるんだろうと推測する。
興味本意と、広瀬を引っ張るのも目的で、私は開延長のボタンを押してから、エレベーターから顔だけ出した。
「広…………っ!!」
最後まで広瀬を呼ぶことは出来なかった。
広瀬が凝視していたのはものじゃなくて人のほうで、その人がとても蒼白な顔をしてそこにいたものだから、私は心臓が止まったようになって、声も呼吸も一瞬、その行為を忘れてしまっていた。
「柴主任っ大丈夫っすか!?」
広瀬の焦った声に我に返ったのは、柴主任だけじゃなかった。私もだ。広瀬の声がなければ、無意識に駆け寄っていたかもしれない。その蒼白な顔は、今にも倒れてしまいそうな勢いだったから。
けど、柴主任は、顔色は優れないままだけど、その足取りはふらつくことなく、私が先に乗るエレベーターに乗り込む。その様子に、少しだけ肩の力が抜けた。
「……大丈夫ですか?」
「……、大丈夫ですよ」
今日は立場が逆な問いかけに、いつもより時間をかけて、柴主任は言葉を紡いだ気がする。
エレベーターが閉まり上昇を始まるのを待って、柴主任はぽつりと、広瀬に向かってちくりと棘を刺した。
「広瀬くん……」
「はい」
「僕だったからいいものの、誰が聞いているかもわからないような場所であんな会話はいけませんよ。ここは職場ですから、泊まる泊まらないなんて会話……うちは特にそこのところ厳しいですし」
「っ、すみませんっ。柴主任がいらっしゃるの気づかなくて」
「僕以外でも駄目ですよ。……、神田さんも、気をつけないと」