柴犬主任の可愛い人
その注意はごくまっとうなものだ。いまだ改善される予定のない、我が社の社内恋愛を快く思わない風潮。確かに、汐里の存在をもっと際立たせないといけない会話だった。
……でも、それよりもっと、違う何か。ねちねち、捻くれたものを感じて。
私ほどは現状を把握していない広瀬も不穏な空気を感じとったのか、事細かに説明なんて必要ないのに吐いていく。容疑者なら広瀬はなんて楽チンなやつだろう。
「っ、違いますよ柴主任っ!! 俺の彼女と神田って親友で」
「そうなんですね」
知ってるくせに。
「俺、今彼女と住んでるんですっ。今日うちで鍋パでついでに彼女の部屋に泊まるとか泊まらないとか……っ」
「広瀬くんは、彼女と部屋は別なんですか?」
千切れそうな勢いで首を縦に振る広瀬を確認して、少し柴主任の顔は色を取り戻す。
それを見た私は、なんだか急にとても腹が立った。
「そうだったんですね。広瀬くんに彼女がいるのは知ってましたが過去のことで、神田さんとお付き合いしてるのかと。ならば危ない会話だとさすがに緊張してしまいました」
「まさかっ。神田となんてありえませんっ、こんなおっかないやつ」
「……あんたの彼女のほうがよっぽどおっかないわ……」
「ひいぃっ!!」
その会話にとても腹が立った私の腹の底からの声は、広瀬をビビらせるには充分だったらしい。もう、広瀬がこれ以上余計なことを喋ることはなかった。
腹が立った。
柴主任は、いったい何を思ってあんなこと言ったんだろう。
ただの注意だけなら、最初のあれで事足りる。
汐里のことを、知っててあんなふうに広瀬に誘導かけたり、私が親友の彼氏と、二人がもし別れたからって早々にくっついてみるような言い方をしたり……全てを知らなけりゃ天然で通るかもだけど、柴主任はそうじゃない。一連は、明らかに意地が悪くて、邪気だらけだ。
その表情は捻くれていて、拗ねている。
まるで、お気に入りのおもちゃを横取りされた子どもみたいだ。