柴犬主任の可愛い人
 
 
――……


柴主任が先に入った会議室は扉が閉められてしまっていて。


口ごたえはしない。もう怒らない。したくないんだ。あんなことを、させたいわけじゃない。


ノックをしてから扉を開ける。


「失礼します」


するとそこには、数時間前にタイムスリップしたかと見間違うような柴主任が、部屋の中央に立ち尽くしていた。


そこには、数時間前と同じような蒼白な顔をした柴主任がいて、入室する前の決意やなんやか、怒ってた出来事など私は一切忘れて、部屋の隅に追いやられている椅子を取りに足を早めた。


けど、それは必要ないと止められてしまう。


部屋の中央で立ち尽くす柴主任の元に近づくと、小さな小さな声が、私の頭上から吐かれる。すみません、ごめんなさいと繰り返す柴主任はもっと顔色を悪くしていって、私の片腕を、倒れそうなのか縋りつくみたいに掴んできた。


「さっきは、すみませんでした。エレベーターでのことも、謝ります……」


「もういいですよ。気にしてません」


宥めるようにそう言うと、柴主任の具合も幾分ましになったのか、ほっとした表情と共に、あっちこっちに揺れていた視線も安定する。


「皆にも謝らないといけませんね」


「そうですね。多分みんな、ちょっと驚いてたと思います。柴主任のそんなとこ、あんまり見たことないだろうから」


「……おそらく、初めてかもしれないですね」


掴まれた腕をそのままにはせず、そっと外すと、寂しそうに見えた……のは、私の願望だ。


その弱々しい姿でさえも愛しくて、抱きしめたくなるのを抑えていると、他のことへは気が疎かになる。だからなのか、腕代わりに縋られたことに、私は頷いてしまった。


「ずっと心配してたんです。伊呂波には来なくなるし、忙しいとか金欠だとか、まるで逃げているようで。そしたら広瀬くんと……」


「ちょっと待ってここはっ」


「話す場など、最近ありましたか? 神田さんが、そうしたんでしょう……」


少しだけだからと、境界はいとも簡単に消え失せ、私たちは職場で、違うところの話をする。


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