柴犬主任の可愛い人
 
 
「今日、来て下さい。そしたら残業はなしにしてもいいです」


「いや……意味がわかりません。私は用があるから早く……」


「当分彼氏はいらないと言っていたじゃないですか。だから合コンなんて行かずに、僕とご飯を食べて下さい」


「合コンじゃないですってば。汐里と広瀬の引っ越し祝いで」


「青葉さんしか女の子はいないらしいじゃないですか。ハイエナの群れになんたらです。危ない」


「広瀬の友達だから会ったことあるけど平気ですって」


せっかく仲直りらしき雰囲気になれたというのに、また駄々をこね始めた柴主任は、心配がすぎて執着の度合いがメーター振り切っておかしくなったみたいだった。何かと理由をつけては、私を汐里の元に行かせないと必死で。


「平気でも、僕は行ってほしくないです」


そんな嬉しいことを言わないで。頬はこんなときに緩みそうになるから、私は、悲しいことを考えた。


お見合いだ……柴主任はお見合いをして、その人と順調で。――いつ発表するんだろう。さっさと公言して周知の事実になって、私が密かに見つめて胸を焦がすことさえも許されないように、……お願いだから早くなってよ!!


どん底に突き落として諦めさせてよ。


「いい加減にして下さいっ!! 私が何しようと関係ないですよねっ。合コン行こうが彼氏作ろうとしようがいいじゃないですか。進歩です進歩っ。……柴主任だってお見合いしたくせに」


「っ、何故それを……」


「上手くいってるんでしょ? 可愛い人なんでしょっ? ただの呑み仲間にそんなに気持ちを割いてくれなくていいです。その人に優しくしてあげて下さい。私だって……次にもう進むんです」


だから仕事をしましょう。


荒ぶってしまったのを上塗ろうと、努めて平坦に振舞い直す。 踵を返してデスクに戻ろうとしたけど、出来なかった。


「……離して下さい」


「嫌です」


「離して。仕事ないなら帰ります」


「嫌だ。……――、帰るなら、どうか僕が嫌だというわけを聞いてから、僕を殴って帰って下さい」


さっき掴まれた腕を捕らえられた。


そんなこと……断れるわけがない。


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