柴犬主任の可愛い人
「……でもそれだけでは、青葉さんの合コンを阻止する理由には足りないですよね。――続き、知りたいですか? 部長のあとの広瀬くんとのやりとりに通じるものですよ」
催眠術でもかかったように頷いた。
私も遭遇した通り、部長が喫煙室から出ていったあと、いっしょにそこにいた広瀬に質問攻めにされたらしい。自分もすぐにでも結婚したいのだが、どうしたら了承してもらえるのか、柴主任は助言を求められた。
「え……なんで?」
お互いに断る前提のお見合いをした人に訊ねることだろうか。馬鹿広瀬。
考えを巡らせているのがバレたのか、手でそれを制されると、柴主任は一度大きく呼吸をして、あの日のことを手繰り寄せる。
「見合いを断った理由を、そこで部長に話していたんですよ。僕には好きな人がいて、結婚もしたいと思っているからと。だから広瀬くんには色々と訊かれましたね。相手はどんな人かとか、プロポーズ必勝法とかね」
ああ。だから、可愛い人と。あのときの慈愛に満ちた柴主任の声を思い出す。
「けど、プロポーズなんてしていませんから広瀬くんには笑われてしまいましたけどね」
まだ実感が湧かないのか、第二次失恋な柴主任の話は、どこかスクリーンの向こう側の物語みたいで、他人事。
部長に堂々と宣言したにもかかわらず、プロポーズしてないのが広瀬のツボだったらしい。ああ、うん、頑張りましょうと、同志認定されたそう。
「同志も何も、僕は片思いなんで広瀬くんは師匠ですけどね」
「えっ?」
「ああ、その顔。それを言ったときの広瀬くんと同じです」
驚かせることが目的だったのか、柴主任からは充足感が満ち溢れていて。対応に困ってショックを受けるのが一瞬遅れたのは幸いだった。じわじわとにじり寄ってくる現実に、泣くタイミングがずれたから。今はそんなときじゃない。
「僕の好きな人は――」
満ち足りて、柴主任はその人を語った。
私を引き留めるためだけになんて、こっちにはいい迷惑だ。