柴犬主任の可愛い人

 
「主任が悪いことなんて一個もないじゃないですかぁ」


「そうですかね」


「そうですそうですっ。――私が、例えば社内の彼氏と結婚するとして、そのとき、理不尽な異動に屈して辞めちゃったとしても、主任のことなんて恨まないし、謝られたら逆に困っちゃいますよ」


「えっ、神田さんも辞めるんですかっ? あっ、言わなくていいですいいです。僕はチクりませんが言わなくていいです」


それは困りました。神田さんも抜けてしまっては大打撃ですね、なんて主任が言うものだから、元気を出してもらうつもりが逆効果だったと泣きたくなる。


――ああ、主任って優しいなあ。こんなにガチで喋ったのは今日が初めてだけど、いつもの印象と変わらず、いや、もっとだ。
優しい人だなあ。


入社当事から上司だった柴主任は、威圧で上に立つような人じゃなく、周囲の状況を注視しながらバランスをとるのに長けていた。よく猪突猛進する私をやんわり引き止めてくれることもそれなりにあった。そうして主任まで被害を被ることも……あったよね。私が知る以上に。きっと。それらを穏やかに処理されてたのかな。
内面を表現するような穏やかな外見は、どちらかというと癒し系。歳よりも若く見られがちなぱっちり二重に羨ましいくらいのサラサラの髪がコンプレックスらしく、毎朝セットが上手くいかないらしい。短く切ったり、現在は流したり上げたりと擬態して商談に挑んでたりする。肩の線が細いのも嫌らしく、職場の男性陣と通販のトレーニングマシンの話をよくしている。一度ペットボトルエクササイズを教えたら、後日、あれはダイエット方法じゃないかと抗議された。あのときの主任は項垂れてて、頭頂部がよく見えたものだ。


私だけが、主任をこういうふうに見てるわけじゃなく、部署全体が円滑に動いてる感じで仲がいい。主任はその潤滑油の大元なのだと私は思ってる。
人間がいい人の下で働けるのは幸せだな。
いい人すぎて、なんだかもっと泣きたくなる。そんな気持ちは、するすると主任の誤解を解こうと頑張り始めた。


やり過ぎたと後悔するのは、翌日目を覚ましてからのこと……。


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