柴犬主任の可愛い人
「……一緒にいた六年って、私って、彼にとってなんだったのかなぁ……」
私は、ずっと楽しかったんだけどな……。
大学時代から付き合って、ケンカしたことも何度かあったけどずっと一緒にいた。就職し以前より簡単に会えなくなったジレンマも乗り越えられて、周りからもそろそろじゃないかなんて言われ始めた頃にプロポーズされた。私が一度は行きたいと呟いてた高級なフレンチを予約してくれて。ベタだねって照れながら指輪を渡してくれたなあ。
プロポーズの日から別れを告げられるまでの二ヶ月の間、彼はずっとそうだったのかよく覚えてないけど、別れたあの日の顔色は暗く、頬は少し痩せてしまってた。
私より随分、繊細な人だった。そんなところも好きだった。
「ずびばぜ~ん。だんが愚痴にだぢゃっでばすね……っ」
急ピッチで仕上がってしまった泣き酔いにて、もはやニュアンスでしか判別してもらえない謝罪に自らが溺れながら、しまいには目から水分までもが一筋つたう。
………………元々何の話をしてたんだろうな、私……。
主任がいい人で、自虐的に自分のことを話すものだから、落ち込んでしまわないかと心配になった。そんなふうに負い目を背負い込んでしまわなくてもいいって言いたかったのに。
私の振られ話なんて本当にどうしようもなくて、色々一周して最近では乾いた笑いが自分から漏れる始末。そんな私で笑ってしまえばいい。主任も。そうして、消えはしないだろうけど、そんなふうに眉を下げて誰かに謝るなんてしなくなればいいんだ。
女将さんが、ティッシュペーパーを箱ごと渡してくれる。遠慮なく使わせてもらい鼻を拭くと盛大な鼻水が。――あ、柔らかくてしっとりした高いティッシュペーパーだ、これ。
「……ずみません」
優しいなあ。なんかここは優しいな。店長さんも女将さんも。
「神田さん、大丈夫ですか?」
主任も、こんなに。
だから言ってしまった。
鈴蘭の理由を口にしたときから、きっと私はそうしたかったんだ。
「愚痴りたかった、だけなんです……」